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社会問題に無関心なのにプライドだけは高い...... 日本のスポーツ選手が「鼻持ちならない存在」に陥る理由とは

競技だけに集中せよとけしかけられ続けたアスリートは、スポーツコミュニティーの外側に関心を向ける習慣が身に付いていない。そもそも比較対象としての外部が意識の俎上(そじょう)に上がらないのだから、微調整のしようがない。さらにいえば「今ここ」に意識を向けるように指導されるから、かつての自分を振り返り、未来のありようを思い描くことにも消極的にならざるを得ない。空間も時間も狭められているアスリートに微調整などできるはずもなく、つまりは社会性が身に付くわけがないのである。

スポーツ界の外に目を向けてみることが重要

競争原理が支配する世界で勝利へとけしかけられ、視野狭窄(きょうさく)に陥ったアスリートの末路は暗い。

競技力という度量衡で人の価値が計られるスポーツコミュニティーとは違い、引退後のアスリートを待ち構える社会には実に多様なものの見方がある。勝者や年長者、あるいは要職に就いているからといって、その人たちがいつも正しいとは限らない。肩書や実績に拠らずにその発言や行動を、つまりその人となりを冷静に見極める目が、ひとりの「社会人」としてよりよく生きるためには必要である。足元にある社会を冷静に俯瞰しなければこの目は育たない。

コミュニティー内での論理をいったん手放し、いったん社会の論理に自分を位置付けてみる。この習慣がないと、序列の優位者や言葉巧みに近寄る人たちの悪意に気づけず、いつまでも利用され続ける。関わる人たちに翻弄され続ける主体性なき人生なんて、誰が送りたいだろう。

アスリートの「殻」を破ったマニー・パッキャオ

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2021年8月にラスベガスで行われたWBA世界ウェルター級王者ヨルデニス・ウガスとの対戦に臨んだパッキャオ。USA TODAY USPW - REUTERS

アスリートはどうすればこの殻から抜け出せるのか。アスリートが社会性を失わずに済む、あるいは再び獲得するためにはどうすればいいのか。この答えは、あるアスリートが歩んだ軌跡から導き出せる。2021年9月に引退を表明した元ボクシング選手マニー・パッキャオである。

6階級を制覇したフィリピン出身のボクサーと聞けば思い当たる人は多いかもしれない。フライ級からスーパーウェルター級までの体重差約19kgを乗り越えてチャンピオンになった、前代未聞の選手である。

彼のすごさは選手としての成績だけではない。このスーパーアスリートは現役時代の2010年に祖国フィリピンで国会議員となり、今夏には、上院議員を務めながら今年行われた大統領選へ出馬したのだ(結果は落選)。

選手として試合に出場するかたわら、「マニー・パッキャオ基金」を開設し、貧困緩和のための物資の供給や台風の被害者への膨大な支援、医療施設を建造するなどの慈善事業を展開するなど社会問題にも積極的にコミットしてきた。祖国を思い、社会を憂うその問題意識は、すでに現役時代に芽生えていた。

「世界のズレ」がもたらした「二重のレンズ」

多くのアスリートに欠如しがちな社会性をパッキャオは身に付けている。その理由を日本大学の石岡丈昇教授(比較社会学・身体文化論)は「二重のレンズ」にあると指摘する。

フィリピン・ミンダナオ島の中央部に位置するキバウェの貧しい家庭に生まれたパッキャオは、本格的にボクシングを始めた14歳のときに同島のディゴスに単身で移住し、16歳で首都マニラに上京する。その後プロボクサーとして頭角を現すと、日本、タイ、そしてアメリカで試合を行い、やがてロサンゼルスに生活拠点を移した。

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