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大英帝国

植民地支配の「罪」をエリザベス女王は結局、最後まで一度も詫びることはなかった

Not Innocent at All

2022年9月20日(火)17時51分
ハワード・フレンチ(コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授)

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1961年のインド訪問ではフィリップ殿下(左端)と共にトラ狩りに同行した(女王は左から6人目) FOX PHOTOS/GETTY IMAGES

しかしイングランドの植民地バルバドスの例を見れば明らかなように、アフリカ人奴隷を酷使する「新世界」の大規模農場(最初はサトウキビを、後には綿花やコーヒーを栽培した)の生み出す利益は、新大陸開拓とは比較にならないほど大きかった。

当時のイングランドは、アフリカ人奴隷を人間として扱っていなかった。そのおぞましい事実に目を背けたいから、イギリスでは昔から、大英帝国の基礎はインドで築かれたと教えてきた。

だが実は、イギリスのインド統治が始まるよりずっと早くに、カリブ海の島々(いわゆる「西インド諸島」)で、とんでもなく稼げる植民地が成立していた。

当時、そこで最も栄えていたのはフランス領のサンドマング。この島での暮らしは悲惨だった。悲惨すぎた。だからアフリカ人奴隷は1791年に決死の反乱を起こした。そして10年以上も戦い、ようやく解放を勝ち取った。そして「新世界」ではアメリカに次いで古い独立国が生まれた。今のハイチだ。

近代のヨーロッパが経済的にも軍事的にも世界最強になり得たのは奴隷制のおかげだ。しかしヨーロッパには昔から、この歴史的事実を否定したがる人がいる。イギリスにもたくさんいる。そして奴隷貿易は大して儲からなかったし、植民地における大規模農場の果たした役割も小さいと言いふらしている。

とんでもない話だ。ではなぜナポレオンは、最大規模の遠征隊をサンドマングに送り込んで奴隷の反乱を鎮圧しようと試みたのか。それだけの犠牲を払う価値が、奴隷の島にはあったからだ。

しかしナポレオン軍は敗退した。隙を突いてスペインが乗り出し、奴隷の軍隊と戦ったが、やはり負けた。

そしてイギリスだ。既に世界最強の帝国となっていたイギリスは、アメリカ独立戦争での敗北という屈辱を忘れるためにも新たな植民地を手に入れようとし、史上最大の遠征隊を送り込んで反乱を鎮圧しようとしたが、やはり不名誉な敗北を喫した。

サンドマングでの戦死者は、アメリカ独立戦争での犠牲者よりも多かった。しかしイギリスのどこを探しても、サンドマングに散った兵士たちを顕彰する旗の掲げられた場所はない。そしてたいていの学校は、この悲しい歴史について教えていない。

ちなみにフランス皇帝ナポレオンは、懲りずに2度目の遠征隊を送り込んだが、こちらも無惨な敗北を喫した。そして財政的な損失を補うため、北米にあった広大な植民地ルイジアナをアメリカに売り渡した。当時のアメリカ大統領はトマス・ジェファソン。アメリカはこれで、領土を一気に2倍に広げた。

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アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

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