最新記事

芸術

世界を悩ませるロシアで、これほど美しく豊かな「文化」が育ったのはなぜか?

THE ORIGINS OF RUSSIAN IDENTITY

2022年6月3日(金)19時32分
亀山陽司(元外交官)

オペラやバレエ、クラシック音楽の鑑賞も観劇と並んで盛んなロシアの文化だ。冬の夜に男女が着飾って劇場に集まる、ちょっとおしゃれなデートでもある。有名なボリショイ劇場のほかにも、モスクワにはスタニスラフスキー=ダンチェンコ劇場、クレムリンの敷地内にもクレムリン宮殿という名の劇場がある。

特に注目したいのは、『エフゲニー・オネーギン』や『スペードの女王』といったロシア文学を題材にした作品、それから『イーゴリ公(韃靼人〔だったんじん〕の踊り)』『ボリス・ゴドゥノフ』といったロシア史を題材にした作品が多いことだ。また、人気のラフマニノフも勉強した名門モスクワ音楽院内のコンサートホールでは、著名な指揮者によるクラシックの名曲を聴くことができる。

シャガールもカンディンスキーも

日本では紹介されることが少ないが、絵画もロシア文化の重要な成果である。モスクワのトレチャコフ美術館やサンクトペテルブルクのロシア美術館は、歴史画、肖像画、風景画の素晴らしいコレクションを有し、それぞれにロシア社会の諸相を視覚的に表現している。

日本では、ロシアの労働者の姿をリアルに描いたレーピンの『ボルガの舟曳(ふなひ)き』が有名だが、彼にはトルストイの肖像やイワン雷帝など歴史をモチーフにした名作も多い。幻想的な画風で知られるシャガールや抽象画の大家カンディンスキーも実はロシア人画家である。

これらの作家や音楽家、画家たちは皆、分野を超えて交流を持っていた。ロシア文化は、歴史、文学、音楽、絵画が互いに影響し合い、絡み合って出来上がった巨大な建造物で、広大な大地に育まれたロシアの「民族的自画像」というべきものだ。ただし、この時代のロシアは帝政ロシアで、ベラルーシやウクライナもロシア帝国の一部だった。ブルガーコフやレーピンはウクライナ生まれ、シャガールはベラルーシの出身だ。

西欧文化の中心から遠く離れたロシアの大地で、西欧に引けを取らない豊かで独自の文化が花開いたのはなぜなのか。

ロシアはビザンティン帝国から正教を受容したため、ローマ・カトリック世界とは異なる道を歩み、近代ヨーロッパ文化を誕生させたルネサンスも宗教改革も経験しなかった。一方で17~18世紀のピョートル大帝以降、「ヨーロッパの大国」を目指してヨーロッパ文化を積極的に吸収した。国が美術アカデミーや音楽院を設置し、芸術家の育成にも励んだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米NEC委員長「利下げの余地十分」、FRBの政治介

ワールド

ウクライナ、和平計画の「修正版」を近く米国に提示へ

ビジネス

米10月求人件数、1.2万件増 経済の不透明感から

ワールド

スイス政府、米関税引き下げを誤公表 政府ウェブサイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中