世界を悩ませるロシアで、これほど美しく豊かな「文化」が育ったのはなぜか?
THE ORIGINS OF RUSSIAN IDENTITY
オペラやバレエ、クラシック音楽の鑑賞も観劇と並んで盛んなロシアの文化だ。冬の夜に男女が着飾って劇場に集まる、ちょっとおしゃれなデートでもある。有名なボリショイ劇場のほかにも、モスクワにはスタニスラフスキー=ダンチェンコ劇場、クレムリンの敷地内にもクレムリン宮殿という名の劇場がある。
特に注目したいのは、『エフゲニー・オネーギン』や『スペードの女王』といったロシア文学を題材にした作品、それから『イーゴリ公(韃靼人〔だったんじん〕の踊り)』『ボリス・ゴドゥノフ』といったロシア史を題材にした作品が多いことだ。また、人気のラフマニノフも勉強した名門モスクワ音楽院内のコンサートホールでは、著名な指揮者によるクラシックの名曲を聴くことができる。
シャガールもカンディンスキーも
日本では紹介されることが少ないが、絵画もロシア文化の重要な成果である。モスクワのトレチャコフ美術館やサンクトペテルブルクのロシア美術館は、歴史画、肖像画、風景画の素晴らしいコレクションを有し、それぞれにロシア社会の諸相を視覚的に表現している。
日本では、ロシアの労働者の姿をリアルに描いたレーピンの『ボルガの舟曳(ふなひ)き』が有名だが、彼にはトルストイの肖像やイワン雷帝など歴史をモチーフにした名作も多い。幻想的な画風で知られるシャガールや抽象画の大家カンディンスキーも実はロシア人画家である。
これらの作家や音楽家、画家たちは皆、分野を超えて交流を持っていた。ロシア文化は、歴史、文学、音楽、絵画が互いに影響し合い、絡み合って出来上がった巨大な建造物で、広大な大地に育まれたロシアの「民族的自画像」というべきものだ。ただし、この時代のロシアは帝政ロシアで、ベラルーシやウクライナもロシア帝国の一部だった。ブルガーコフやレーピンはウクライナ生まれ、シャガールはベラルーシの出身だ。
西欧文化の中心から遠く離れたロシアの大地で、西欧に引けを取らない豊かで独自の文化が花開いたのはなぜなのか。
ロシアはビザンティン帝国から正教を受容したため、ローマ・カトリック世界とは異なる道を歩み、近代ヨーロッパ文化を誕生させたルネサンスも宗教改革も経験しなかった。一方で17~18世紀のピョートル大帝以降、「ヨーロッパの大国」を目指してヨーロッパ文化を積極的に吸収した。国が美術アカデミーや音楽院を設置し、芸術家の育成にも励んだ。