最新記事

芸術

世界を悩ませるロシアで、これほど美しく豊かな「文化」が育ったのはなぜか?

THE ORIGINS OF RUSSIAN IDENTITY

2022年6月3日(金)19時32分
亀山陽司(元外交官)
チェーホフの演劇

2014年にソチで開催されたパラリンピックの開会式で演じられたチェーホフの演劇の一場面 IAN WALTON/GETTY IMAGES

<文学から演劇、絵画まで──世界中に強い影響を与えるロシアの「独特」で「感動的」な芸術はどこから生まれたか>

ロシアは、その政治と歴史が投げ掛ける暗い影とは裏腹に非常に豊かな文化を誇る国である。その独特の世界は全世界に強い影響を与えており、何よりも非常に美しく感動的だ。一般的にロシア文化と言うと何を思い浮かべるだろうか。

まずは、トルストイやドストエフスキー、チェーホフといったロシアの作家たちかもしれない。トルストイと言えば、『戦争と平和』と『アンナ・カレーニナ』が有名だが、どちらも大長編ながら意外にも読みやすい。『戦争と平和』は、ナポレオンのロシア遠征に始まる1812年戦役を軸に描いた大スペクタクルで、戦場の描写の迫力はヘミングウェイにも影響を与えている。

「幸福な家庭はどこも似かよっているが、不幸な家庭は皆それぞれに不幸である」という有名な書き出しで始まるのは『アンナ・カレーニナ』。時代、身分、国が違っても、許されない愛に葛藤するアンナの境遇に共感する読者は多いだろう。

ドストエフスキーは『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』がよく知られているが、謎めいた美女ナスターシャをめぐって繰り広げられる愛憎劇『白痴』は傑作だ。いずれの作品もミステリー要素満載のサスペンスのような面白さに引き込まれるが、神や信仰、人間、そして美といった深いテーマがちりばめられている。

テーマは「人間の美しさ」

トルストイもドストエフスキーも、キリスト教や人生を主題にし、その作品は一個の思想にまで高められているが、文学作品として不朽の名作とされる最大の理由は、「人間の美しさ」が作品の真のテーマとなっているからだろう。

2007年頃にロシアの女子学生に好きなロシア人作家を尋ねたところ、ブルガーコフという答えが多かった。特に、『巨匠とマルガリータ』が人気のようだ。悪魔や魔法使いが出てくるが、ファンタジーとは全く違う。キリストの死にまつわる物語も埋め込まれ、謎めいた物語である。ソ連では発禁だったといういわくつきの作品だ。

このほか、ブルガーコフの『白衛軍』は、ロシア革命直後の内戦期にウクライナの首都キーウ(キエフ)におけるある医師の家族を描いた作品だが、どこかわびしくも、政治に翻弄され生きる市民の姿が心を打つ。

この作品を戯曲化した『トゥルビン家の日々』は『巨匠とマルガリータ』と同様、モスクワの劇場でも人気のラインアップだ。もちろん、チェーホフの戯曲『桜の園』『ワーニャおじさん』『かもめ』『三人姉妹』も定番の演目だ。『桜の園』をモスクワの劇場で見たとき、幕が下りた後に文学少女たちが後方の席で涙を流していたのが印象に残っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECBの金融政策、「漸進主義」が奏功=レーン理事

ビジネス

ECB、段階的な利下げを 慎重姿勢維持必要=独連銀

ワールド

NY南部連邦地検トップが辞任へ、FTX関連など著名

ワールド

G7、共通の見解模索 ネタニヤフ氏逮捕状発行で=伊
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 3
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 4
    テイラー・スウィフトの脚は、なぜあんなに光ってい…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 7
    日本株は次の「起爆剤」8兆円の行方に関心...エヌビ…
  • 8
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 9
    またトランプへの過小評価...アメリカ世論調査の解け…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 9
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 10
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中