最新記事

インタビュー

「皇室フィクション小説」を書評が黙殺する理由

2022年5月27日(金)18時00分
長岡義博(本誌編集長)

――僕自身、昔は天皇制に批判的でした。身分制度の根源という意識からです。

森:この本のもう一つのテーマは「穢(けが)れ」と「浄(きよ)め」です。そもそも天皇制があったからこそ穢れという思想が定着して、それが部落問題や水俣病、あるいはハンセン病や原発事故後の福島の人たち対するネガティブな姿勢などにも共通している。でも逆に言えば、日本人にそういう意識があるからこそ天皇制を潜在的に求める。それはたぶん相互作用だと思うんですけど。そのメカニズムぐらいはみんなが理解した上で天皇制を残すのなら、何の文句もない。その辺を全く解析しないままに、議論したらまずい、という感じで戦後70年以上ずっと残っている。

――「カタシロ」は穢れと浄めの象徴でしょうか。作者に聞くのは不粋だと思いますけど。

森:共同通信文化部の記者からインタビューされて、やっぱりカタシロの意味性について聞かれて。なかなか答えられない僕に、彼は仮説を提示してくれました。一つはやっぱり穢れ。もう一つはものを言えない天皇と、実はやっぱり同じようにものを言えない日本国民。そのシンボリックなメタファーじゃないかって言われて、あー、なるほどと(笑)。

――フジテレビで(天皇制についての)ドキュメンタリーを作ろうとするまでは、実話なんですよね?

森:まあ、ほぼあの通りです。

――何の問題もないドキュメンタリーな気がするんですけど、ボツになった。

森:逆に彼らの立場からすれば、これはまずいってなるのが、まあ分かるといえば分かります。だって森がやろうとしてることは、天皇制についていろんな識者に聞いてそれをインタビューでまとめました、的なドキュメンタリーじゃなくて、どうやって携帯の番号を手に入れるとか御所に忍び込もうか、ということだから(笑)。しかも、その数年前のオウムのドキュメントが問題になったのに、「あんな奴に天皇を撮らせるって、どう考えても危機管理がないだろう」ということだと思います。彼らは一貫して、本にも書いたように「(天皇自身に)会えないからダメ」と言い続けていました。

――面白い企画なのに、なぜダメなの?と素直に思うんですが。

森:この本を出す前にいろんな版元から断られたときもそうですけど、なんでだめなのか。さすがに「天皇だからだめです」とは言ってこないけど、みんないろんな理由を言ってくる。

――小説にしてみようと思われたのは、ドキュメンタリーがダメになった後、いつ頃でしょうか。

森:かなり時間が経ってからだと思います。テレビがダメになったときに「映画はどうだ」って何人かから言われたんですよ。ただ、それって意味が違う。つまりテレビというメディア環境でこのドキュメンタリーがどういうバイアスを受けるかっていうのが、このドキュメンタリーの主軸でしたから。自主映画じゃバイアスがテレビほどには働かない。普通に撮れちゃいます。だからそれは違うって言って、まあやらなかったんですよね。いつ頃ですかね......小説は。まあ10年ぐらい前だったと思います。書き始めたのは。

本当は2人が退位する前に何とか形にしたかったんだけど、どうやっても版元が見つからなくて。

――どの国にもタブーってあるし、日本だけがそんなに特殊だと思わないです。でも、島国だからなのか、ちょっと異質な部分はありますよね。さっきの話じゃないですけど、中国ははっきりとタブーの源が見える。

森:だとしたら、ある意味で闘いやすい。でも、日本の場合、誰と、どうやって闘えばいいのか、っていう。

今、企画している劇映画(『福田村事件(仮)』、注3)はこの8月、9月に撮影なんですけど、ロシアとウクライナを例に挙げるまでもなく、虐殺は世界中どこでも起きている。今だってウクライナで、ブチャで兵士がやっている。でも、日本の場合はこれを隠そうとする。見て見ないふりをするところがちょっと強いですよね。もちろん世界どの国でも、文革とかカティンの森の虐殺とか、自分たちの過ちを語りたくない、隠したいっていうのは人間共通している。だから日本人だけが変だと思わないけど、民主国家を自他ともに認めながら、日本はちょっとそういうところが過剰すぎて、あったことをないものにしちゃう。それは歴史を知る上でも、この国の未来を考える上でもダメでしょう、と。じゃあ映画でやろうよ、という感じで始まったんです。

昨日もオーディションだったんですけど、びっくりするのが俳優さんに「何でこの映画に応募したのですか?」って聞くと、かなりの割合で「今のロシアとウクライナのニュースを見て、いろいろ考えているときにこの映画を知って、これをやっぱりやるべきだと思いました」という答えがとても多くて。クラウドファンディングが予想以上にたくさん集まっていることも含めて、今のこの日本の状態がおかしいと思ってるけど、なかなか声を出せなかった人がいるんだっていう気がします。

でも映画のほうはネットでもいろんな人が書いてくれるんですが、こっち(本)は本当に数が少ないです(笑)。

――読んでないんじゃないか、って本当に思います。読んだら全然違うってすぐに分かる。

森:初版が3000部でやっと重版になって、読んだ人は2000数人でしょう。そういう意味では、確かにまだ全然読まれていないですね。読んでくれた人の反響は強いのだけど。

(注3)1923年の関東大震災直後、朝鮮人虐殺が相次ぐ中、香川県の被差別部落出身者9人が千葉県福田村で自警団に殺された事件を題材にした劇映画。2023年の公開を目指している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中