「皇室フィクション小説」を書評が黙殺する理由
――僕自身、昔は天皇制に批判的でした。身分制度の根源という意識からです。
森:この本のもう一つのテーマは「穢(けが)れ」と「浄(きよ)め」です。そもそも天皇制があったからこそ穢れという思想が定着して、それが部落問題や水俣病、あるいはハンセン病や原発事故後の福島の人たち対するネガティブな姿勢などにも共通している。でも逆に言えば、日本人にそういう意識があるからこそ天皇制を潜在的に求める。それはたぶん相互作用だと思うんですけど。そのメカニズムぐらいはみんなが理解した上で天皇制を残すのなら、何の文句もない。その辺を全く解析しないままに、議論したらまずい、という感じで戦後70年以上ずっと残っている。
――「カタシロ」は穢れと浄めの象徴でしょうか。作者に聞くのは不粋だと思いますけど。
森:共同通信文化部の記者からインタビューされて、やっぱりカタシロの意味性について聞かれて。なかなか答えられない僕に、彼は仮説を提示してくれました。一つはやっぱり穢れ。もう一つはものを言えない天皇と、実はやっぱり同じようにものを言えない日本国民。そのシンボリックなメタファーじゃないかって言われて、あー、なるほどと(笑)。
――フジテレビで(天皇制についての)ドキュメンタリーを作ろうとするまでは、実話なんですよね?
森:まあ、ほぼあの通りです。
――何の問題もないドキュメンタリーな気がするんですけど、ボツになった。
森:逆に彼らの立場からすれば、これはまずいってなるのが、まあ分かるといえば分かります。だって森がやろうとしてることは、天皇制についていろんな識者に聞いてそれをインタビューでまとめました、的なドキュメンタリーじゃなくて、どうやって携帯の番号を手に入れるとか御所に忍び込もうか、ということだから(笑)。しかも、その数年前のオウムのドキュメントが問題になったのに、「あんな奴に天皇を撮らせるって、どう考えても危機管理がないだろう」ということだと思います。彼らは一貫して、本にも書いたように「(天皇自身に)会えないからダメ」と言い続けていました。
――面白い企画なのに、なぜダメなの?と素直に思うんですが。
森:この本を出す前にいろんな版元から断られたときもそうですけど、なんでだめなのか。さすがに「天皇だからだめです」とは言ってこないけど、みんないろんな理由を言ってくる。
――小説にしてみようと思われたのは、ドキュメンタリーがダメになった後、いつ頃でしょうか。
森:かなり時間が経ってからだと思います。テレビがダメになったときに「映画はどうだ」って何人かから言われたんですよ。ただ、それって意味が違う。つまりテレビというメディア環境でこのドキュメンタリーがどういうバイアスを受けるかっていうのが、このドキュメンタリーの主軸でしたから。自主映画じゃバイアスがテレビほどには働かない。普通に撮れちゃいます。だからそれは違うって言って、まあやらなかったんですよね。いつ頃ですかね......小説は。まあ10年ぐらい前だったと思います。書き始めたのは。
本当は2人が退位する前に何とか形にしたかったんだけど、どうやっても版元が見つからなくて。
――どの国にもタブーってあるし、日本だけがそんなに特殊だと思わないです。でも、島国だからなのか、ちょっと異質な部分はありますよね。さっきの話じゃないですけど、中国ははっきりとタブーの源が見える。
森:だとしたら、ある意味で闘いやすい。でも、日本の場合、誰と、どうやって闘えばいいのか、っていう。
今、企画している劇映画(『福田村事件(仮)』、注3)はこの8月、9月に撮影なんですけど、ロシアとウクライナを例に挙げるまでもなく、虐殺は世界中どこでも起きている。今だってウクライナで、ブチャで兵士がやっている。でも、日本の場合はこれを隠そうとする。見て見ないふりをするところがちょっと強いですよね。もちろん世界どの国でも、文革とかカティンの森の虐殺とか、自分たちの過ちを語りたくない、隠したいっていうのは人間共通している。だから日本人だけが変だと思わないけど、民主国家を自他ともに認めながら、日本はちょっとそういうところが過剰すぎて、あったことをないものにしちゃう。それは歴史を知る上でも、この国の未来を考える上でもダメでしょう、と。じゃあ映画でやろうよ、という感じで始まったんです。
昨日もオーディションだったんですけど、びっくりするのが俳優さんに「何でこの映画に応募したのですか?」って聞くと、かなりの割合で「今のロシアとウクライナのニュースを見て、いろいろ考えているときにこの映画を知って、これをやっぱりやるべきだと思いました」という答えがとても多くて。クラウドファンディングが予想以上にたくさん集まっていることも含めて、今のこの日本の状態がおかしいと思ってるけど、なかなか声を出せなかった人がいるんだっていう気がします。
でも映画のほうはネットでもいろんな人が書いてくれるんですが、こっち(本)は本当に数が少ないです(笑)。
――読んでないんじゃないか、って本当に思います。読んだら全然違うってすぐに分かる。
森:初版が3000部でやっと重版になって、読んだ人は2000数人でしょう。そういう意味では、確かにまだ全然読まれていないですね。読んでくれた人の反響は強いのだけど。
(注3)1923年の関東大震災直後、朝鮮人虐殺が相次ぐ中、香川県の被差別部落出身者9人が千葉県福田村で自警団に殺された事件を題材にした劇映画。2023年の公開を目指している。