最新記事

フィギュアスケート

ジュニア卒業に4年、世界王者まで7年 早熟の天才・宇野昌磨が「チャンピオンへの階段」を登った日

2022年4月15日(金)18時15分
茜 灯里(作家、科学ジャーナリスト)

一方、この頃から目立ってきた惜しいと感じる点に、シニアでプログラムに4回転ジャンプを多数組み入れるようになって、ジャンプ後に余韻がなくなったことがある。

宇野のジャンプの高さは、決して高くはない。たとえば、トップ選手ならば必ず試合で飛ぶトリプルアクセルの高さを2019年世界選手権SPで比べると、羽生結弦の69センチ、ネイサン・チェンの60センチに対して、宇野は50センチ程度だ。

宇野は空中での回転の速さで4回転ジャンプを成功させていた。持ち前のスケーティングのスピードを活かして勢いよく飛び上がり、素早く高速回転をして降りて、すぐに次の動作に移る。それでも回転不足はほとんどなかったし、点数は出ていた。だが、ジュニアあるいはノービス時代の伸びやかな演技を知っている者から見ると、物足りなさもあった。

「世界一になる力がある」──ランビエールコーチとの二人三脚

2019-20年シーズンは、今年の世界王者獲得につながる大きな転機があった。5歳から師事していた山田、樋口両コーチのもとを離れることになったのだ。これは山田コーチから「新たな挑戦」のために持ちかけられたもので、山田コーチは過去に同じ理由で浅田真央選手も手放したことがあった。

宇野は単身でロシアに渡り、平昌五輪女王のザギトワ選手らを育てたエテリ・トゥトベリーゼコーチ主催の夏合宿に参加したが、コーチ契約を結ぶまでには至らなかった。コーチなしで臨んだグランプリ・シリーズの初戦は、奇しくも3年後に世界王者となるフランスで行われた。この試合で宇野は8位。演技後にひとりで座ったキスアンドクライで俯き、顔を覆った。

後に、宇野は当時を振り返って「平昌オリンピックが終わってから、自分の成長や、オリンピック銀メダルをプレッシャーに感じるようになり、フィギュアスケートが『楽しい』ではなく『使命感』になってしまった」と語る。そんな彼が「残りのスケート人生を楽しく過ごしたい」と選んだのは、トリノ五輪銀メダリストで世界王者の経験もあるランビエールコーチだった。

ランビエールコーチは、現役時代はとりわけ芸術性を評価される選手だった。トップ選手の指導経験もなかったので、「宇野はジャンプ指導が得意なコーチに師事するべきだ」と選択を危ぶむ声も湧き起こった。

だが、ランビエールコーチは宇野に対して、技術よりも「気持ち」に寄り添って指導した。

宇野はメディアに対して、常に「自分はスケートが下手」と話す。謙虚で言い訳をすることを好まず、「自分のスケート技術を向上させて、良い演技を見せたい」と秘めた闘志を静かに燃やしている選手だ。周囲から助言を得ても、考え抜いた後に自分が納得しない場合は受け入れない頑固さがあるが、自分のためよりも自分の力を信じてくれるコーチやファンのために結果を出すことを意気に感じるタイプでもある。

ランビエールコーチは宇野に「世界一になる力がある」と言い続けた。「世界一になるには何が必要か」と問いかけ、宇野が「(高難度の)ジャンプ」と答えれば、今シーズンはFSの「ボレロ」を振り付けして与えた。プログラム内のジャンプ7本は4回転が4種類5本、3回転半が2本という世界屈指の難易度のプログラムを、宇野は「このワンシーズン通してこのプログラムを完成させたい。たとえどれだけ失敗して打ちのめされても、これをやりたい」と語り、ほぼ完璧に滑り切った世界選手権で念願の世界王者の称号を手に入れた。二人で採点を待ったキスアンドクライで、結果を聞いた後にランビエールコーチが「ありがとう」と宇野に対して頭を下げる姿は、二人三脚での今季の戦いを象徴するものだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中