ジュニア卒業に4年、世界王者まで7年 早熟の天才・宇野昌磨が「チャンピオンへの階段」を登った日
2020年の春以降、コロナ禍はフィギュアスケート界にも影響を与え、国際試合の中止や海外拠点での練習がままならなくなった。しかし、宇野にとっては悪いことばかりでもなかった。コーチのいるスイスではなく日本での練習が増えた宇野は、20年秋に靴の大改革を行った。使用するブレード(スケート靴の金属部分)を「小塚ブレード」に変更したのだ。
小塚ブレードは、元フィギュア選手の小塚崇彦が関わって開発された「金属塊から削り出された、つなぎ目のないブレード」だ。宇野選手は、高難度ジャンプが多い上に練習量も豊富なため、これまでは3週間ほどでつなぎ目部分からブレードが折れたり曲がったりして、靴を交換していた。新しいブレードは、4カ月ほど使い続けられるようになった。
さらに、2021-22年シーズンの前に、革靴部分も柔らかいものを使うことにした。従来は4回転ジャンプのためには硬い靴を使うのがよいと考えられ、革が柔らかくなると靴を新調するのが常識だった。スケーターは靴を替えるたびに「靴の調整をする時間」が必要となり、演技のための練習時間が削られていた。
だが、宇野の靴のメンテナンスを担当する橋口清彦は「宇野には柔らかい靴が合う」ことに気づき、結果として靴を替える頻度を減らすことができた。
宇野は2021年12月に「今シーズンは特にいろんな調整がうまくいき、すごい自分の思う練習ができている。大半を占めているのが、間違いなく『スケート靴』かなと思っていて」とインタビューに答えている。信頼できる靴を手に入れた宇野は、心置きなくハードな練習を積むことができたのだ。
鍵山の存在が刺激に
コロナ禍は、宇野に切磋琢磨できるリンクメイトももたらした。
2020年世界ジュニア選手権の銀メダリストである鍵山優真は、20-21年シーズンにシニアに上がるとシニア1年目にして世界選手権の銀メダリストになった。
宇野は、これまでは身近に世代や技量が似通っている好敵手がおらず、1人で練習することが多かった。コロナ禍で日本に足止めされて、中京大学のリンクで鍵山と練習することになった宇野は、「高め合う存在にあこがれていたのでうれしい。優真君の練習を見るたびに、今のままじゃ駄目だと向上心を刺激してもらっている」と語る。
2021-22年シーズン、宇野のジャンプの着地は改善された。以前よりも踏切で力みがなくなり、膝をうまく使った余韻の残るジャンプは、鍵山の影響も感じられる。北京五輪時よりも引き締まった身体になった宇野は、細身だとジャンプの回転軸がブレにくくなる効果も相まって高い出来栄え点(GOE)を積み重ねて世界選手権の優勝をものにした。鍵山も最後まで宇野と好勝負をして2位となった。
コーチ不在の苦戦から3年、宇野は「当時は終わりに向かってスケートをしていた印象でしたが、今はこれから何をなせるのか、スケートに期待を込めています。まだまだ成長できるのですが、その過程にある自分を見てほしいです」と語る。世界選手権後の直後に始まったアイスショーでのインタビューでは、「五輪3位、世界選手権優勝を背負っている演技ではなく、今年からシニアに上がるような気持ちで、新たにどんどん挑戦していくという演技を見せたい」と宣言した。
世界王者を獲得する過程で、スケート技術の向上、成績の追求、挑戦を楽しむことの並立をマスターした宇野は、一段高いステージに上ったと言える。現在24歳の宇野は、スタミナ豊富な「体力おばけ」としても名高い。28歳で迎えるミラノ・コルティナダンペッツォ五輪でも、日本男子フィギュアを牽引する活躍が期待できそうだ。
[筆者]
茜 灯里(作家・科学ジャーナリスト)
東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専攻卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)、獣医師。朝日新聞記者、国際馬術連盟登録獣医師などを経て、現在、大学教員。フィギュアスケートは毎年10試合ほど現地観戦し、採点法などについて学会発表多数。第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。デビュー作『馬疫』(光文社)を2021年2月に上梓。