最新記事

海外ノンフィクションの世界

看護・介護や肉体労働はいつまで頭脳労働より低評価なのか 大卒者の3分の1は大卒者向けでない仕事に就く

2022年3月30日(水)18時15分
外村次郎 ※編集・企画:トランネット

社会に及ぼす弊害も大きい。偏った能力主義は疎外感や政治不信ももたらした。社会の中で居場所を失ったと感じる人が増えており、アメリカでは「絶望死」(自殺や薬物・アルコール中毒などによる死)が急増している。

また、教育程度が高くない人々の感情や利益を代弁する政治家が減ったことで、政治家と国民の距離感も広がっている。

さらに「どこでも能力を発揮できる」認知能力の高い人々は社会的流動性を奨励するが、「生まれ育った場所以外に行き場がない」人々には困難であり、そうした分断も広がっている。

不平等がもたらす不平や不利益を民主主義で解決すべし

フィナンシャル・タイムズ/テレグラフの「2020 Best book of the year」に選出された本書で、著者は偏った能力主義の弊害を批判するだけでなく、将来には希望があることも示している。

技術の進歩によって中レベルの頭脳労働が減り、大学進学者をできるだけ増やそうという風潮が下火になり、社会の高齢化やコロナ禍によって看護や介護の重要性が見直されたことで、これからは「手」と「心」の地位は向上すると考えている。

家庭の無償労働をGDPに算入する(イギリスでは年間5000億ポンド増になるらしい)など、これまで見過ごされてきた仕事の再評価に向けた提案もしている。

生得的な能力は人に不平等に備わっている。民主主義社会はそうした不平等がもたらす不満や不利益を、あらゆる人を平等に扱うことで解決しなくてはならない。認知能力だけでなく、それ以外の資質も適切に評価する。

それが社会の分断を解決する、望ましい方向ではないかと著者は考えているのだ。

何となくおかしいとは思いながら、なかなか明確な答えが出せない、仕事や評価における不平等という問題。本書は能力主義社会という視点からその問題に切り込んでいる。

頭手心――偏った能力主義への挑戦と必要不可欠な仕事の未来
 デイヴィッド・グッドハート 著
 外村次郎 訳
 実業之日本社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国航空会社2社、エアバス機購入計画発表 約82億

ワールド

コロンビア、26年最低賃金を約23%引き上げ イン

ワールド

アルゼンチン大統領、来年4月か5月に英国訪問

ワールド

中国軍、台湾周辺で実弾射撃訓練開始 演習2日目
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 7
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中