最新記事

交通

死亡事故ゼロへ動き出した「車社会アメリカ」が見落とす「最も重要」な選択肢

REDUCING ROAD DEATHS

2022年2月23日(水)17時12分
デービッド・ジッパー(スレート誌記者)
車社会アメリカ

車社会を転換 交通事故を減らすには、公共交通機関への移行を推進すべき ALEXSL/ISTOCK

<本気で交通事故を減らしたいなら、AIによる自動運転技術よりも、専用レーンの整備よりも、もっと単純で効果の高い方法がある>

今年1月、アメリカの運輸省は最新版の「国家道路安全戦略」を発表し、交通事故死ゼロという野心的な目標を設定した。これに少しでもリアリティーがあるのなら、国民にとっては喜ばしいこと。なにしろアメリカの道路では毎年約4万人が交通事故で死んでおり、犠牲者数は今も増える一方だから。

運輸省のプランには、人工知能(AI)で車をより安全な乗り物にする努力から、専用レーンで歩行者や自転車を保護する「完全な道路」の建設までが盛り込まれている。

だが、もっと誰もが直感的に分かる選択肢には触れていない。つまり、いま車を運転している人たちに、もっと安全な公共交通機関に乗り換えなさいと呼び掛けることだ。

「道路を走る車が減れば衝突事故のリスクも減る」と断言するのはワシントン州交通局のロジャー・ミラー局長。結果として「全体の死傷者も減るはずだ」。

車から公共交通機関ヘの乗り換えというと、みんな気候変動対策を連想しがちだが、と連邦政府の運輸長官ピート・ブティジェッジも言う。「あまり知られていないが、忘れてはならない安全面の利点もある」

だが残念ながら、運輸省のプランはこの点に触れていない。交通安全に関わる他の政府機関も、この点には触れたがらない。結局、アメリカ人は自分で車を運転したがるものだと、みんな信じて疑わないからだ。

でも、こうした思考方法だと大切な機会が失われる。自分でハンドルを握るのをやめてバスや電車を利用するよう政策的に誘導すれば、死亡事故は確実に減るはずなのに。

ノースウェスタン大学教授で経済学者のイアン・サベージは、アメリカにおける10年分の事故データを検証した。すると、乗用車やトラックの交通事故死者数は走行距離10億マイル(16億キロ)当たり7.3人で、そのリスクは鉄道の30倍、バスの66倍であることが分かった。

自動車より公共交通機関のほうが安全と考える根拠はほかにもある。電車(だけでなく今ではバスも)専用レーンを走るから、衝突のリスクが低い。電車やバスは自動車よりも重いから、衝突しても乗客の安全が保たれる。「基本的には鋼鉄のスーツに身を包んでいるようなものだ」とサベージは言う。

公共交通機関には高リスク運転者がいない

ブルッキングス研究所の上級研究員クリフォード・ウィンストンも、「自動車と違って、公共交通機関には10代の若者や80歳以上の高齢者といった高リスクの運転者がいない。飲酒運転をする人も、運転中にメールをいじる人も少ない」と言う。

ただし事故の件数だけでは読み取れないリスクもあり、それだけで自動車と公共交通機関の安全性を比較するのは問題だとサベージは言う。なぜか。公共交通機関の利用には駅やバス停まで行く必要があり、その間の安全性も考慮しなければならないからだ。

例えば「テキサス州ヒューストンの場合、最寄りの駅まで行くにはまともな横断歩道もない4車線の自動車道路を渡らねばならない」とサベージは言う。ワシントン州交通局のミラーも、住民に「車を捨てて危険な自動車道路を歩いて渡れとは言えない」と認める。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、フェンタニル巡る米の圧力に「断固対抗」=王外

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中