最新記事

交通

死亡事故ゼロへ動き出した「車社会アメリカ」が見落とす「最も重要」な選択肢

REDUCING ROAD DEATHS

2022年2月23日(水)17時12分
デービッド・ジッパー(スレート誌記者)

とはいえ、そうしたリスクを考慮しても公共交通機関のほうが車よりずっと安全なのは事実。「車を運転する人を減らせば交通事故で死ぬ人は減る。そこには明らかな相関がある」と、バージニア工科大学のラルフ・ビューラー教授(都市計画)は電子メールで本誌に述べた。

こうした主張は、ヨーロッパの事例でも裏付けられる。例えばロンドンは、交通渋滞解消の目的で市内への自動車乗り入れに税金を課したが、結果として交通事故の死亡者も減った。またEUの人口はアメリカの約1.4倍だが、公共交通機関が発達しているから、交通事故による死者数はアメリカの半分以下だ。

こうして見ると、やはり自分でハンドルを握るより電車やバスを利用するほうが安全に思える。しかしなぜか、アメリカではそうした議論が聞こえてこない。

テキサスA&M大学で都市計画を研究するタラ・ゴダードに言わせると、交通事故死ゼロを目指す世界の潮流とアメリカの状況の間には「大きなギャップ」がある。アメリカでは交通事故の被害者が「車をもっと安全な乗り物に」と訴えるだけで、マイカーからバスや電車に乗り換えようという議論にならない。

「車のほうが安全」という誤解

運輸省の「縦割り行政」が問題だと指摘するのは、国家運輸安全委員会のジェニファー・ホーメンディ委員長だ。乗用車と公共交通機関、トラック輸送のそれぞれに担当部局があるが、横の連携がないという。

連邦政府だけでなく、州レベルでも事情は似たようなもの。だから地下鉄やバスの深夜運行を拡充するとか、週末の路上駐車無料化を廃止するとかの議論が進まないと、ホーメンディは嘆く。

ちなみにメディアも、車を自分で運転することのリスクを指摘するのに熱心とは言えない。その結果、一般の人は「自分はいつも安全運転をしている」という根拠なき思い込みを捨てられない。実際、たいていの人は自分でコントロールできる乗り物(自家用車)のほうが、そうでない乗り物(バスや電車)より安全だと思いがちだ。

それに、日常的に起きている自動車の衝突事故はほとんど報道されないが、たまに公共交通機関で事故が起きると大ニュースになる。それで「列車の事故は大変だ」というイメージが刷り込まれてしまう、とワシントン州交通局のミラーは言う。

「先日、列車の衝突で人が3人死んだら国際ニュースになった。でも州内の自動車道路では、毎週10人くらいが死んでいる」

飛行機の墜落事故は極めてまれだけれど、必ず大きく報道される。だから人は「またか!」と思ってしまう。極端な例だが、あの9・11テロの直後には飛行機を敬遠して車で移動する人が増え、その結果、アメリカでは交通事故の死者が2000人以上増えたという研究がある。

交通安全に対する私たちの認識は偏っているから、なかなか合理的な選択ができない。でも、不可能ではない。

昨年10月、首都ワシントンの地下鉄で脱線事故が起きた。死傷者はゼロだったが大きなニュースになり、現場に駆け付けた地元テレビ局の記者は救出された乗客の1人にマイクを向けた。「あなた、明日もまた地下鉄に乗りますか?」

「ええ、もちろん」。乗客の女性は驚くほど平然と答えた。「だって便利でしょ。いくら自動車の事故が起きても、みんな平気で車を運転してるのと同じよ」

©2022 The Slate Group

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

商船三井の今期、純利益を500億円上方修正 市場予

ビジネス

午前の日経平均は続伸、米株高の流れを好感 徐々に模

ワールド

トランプ氏「BRICS通貨つくるな」、対応次第で1

ワールド

米首都の空中衝突、旅客機のブラックボックス回収 6
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中