死亡事故ゼロへ動き出した「車社会アメリカ」が見落とす「最も重要」な選択肢
REDUCING ROAD DEATHS
とはいえ、そうしたリスクを考慮しても公共交通機関のほうが車よりずっと安全なのは事実。「車を運転する人を減らせば交通事故で死ぬ人は減る。そこには明らかな相関がある」と、バージニア工科大学のラルフ・ビューラー教授(都市計画)は電子メールで本誌に述べた。
こうした主張は、ヨーロッパの事例でも裏付けられる。例えばロンドンは、交通渋滞解消の目的で市内への自動車乗り入れに税金を課したが、結果として交通事故の死亡者も減った。またEUの人口はアメリカの約1.4倍だが、公共交通機関が発達しているから、交通事故による死者数はアメリカの半分以下だ。
こうして見ると、やはり自分でハンドルを握るより電車やバスを利用するほうが安全に思える。しかしなぜか、アメリカではそうした議論が聞こえてこない。
テキサスA&M大学で都市計画を研究するタラ・ゴダードに言わせると、交通事故死ゼロを目指す世界の潮流とアメリカの状況の間には「大きなギャップ」がある。アメリカでは交通事故の被害者が「車をもっと安全な乗り物に」と訴えるだけで、マイカーからバスや電車に乗り換えようという議論にならない。
「車のほうが安全」という誤解
運輸省の「縦割り行政」が問題だと指摘するのは、国家運輸安全委員会のジェニファー・ホーメンディ委員長だ。乗用車と公共交通機関、トラック輸送のそれぞれに担当部局があるが、横の連携がないという。
連邦政府だけでなく、州レベルでも事情は似たようなもの。だから地下鉄やバスの深夜運行を拡充するとか、週末の路上駐車無料化を廃止するとかの議論が進まないと、ホーメンディは嘆く。
ちなみにメディアも、車を自分で運転することのリスクを指摘するのに熱心とは言えない。その結果、一般の人は「自分はいつも安全運転をしている」という根拠なき思い込みを捨てられない。実際、たいていの人は自分でコントロールできる乗り物(自家用車)のほうが、そうでない乗り物(バスや電車)より安全だと思いがちだ。
それに、日常的に起きている自動車の衝突事故はほとんど報道されないが、たまに公共交通機関で事故が起きると大ニュースになる。それで「列車の事故は大変だ」というイメージが刷り込まれてしまう、とワシントン州交通局のミラーは言う。
「先日、列車の衝突で人が3人死んだら国際ニュースになった。でも州内の自動車道路では、毎週10人くらいが死んでいる」
飛行機の墜落事故は極めてまれだけれど、必ず大きく報道される。だから人は「またか!」と思ってしまう。極端な例だが、あの9・11テロの直後には飛行機を敬遠して車で移動する人が増え、その結果、アメリカでは交通事故の死者が2000人以上増えたという研究がある。
交通安全に対する私たちの認識は偏っているから、なかなか合理的な選択ができない。でも、不可能ではない。
昨年10月、首都ワシントンの地下鉄で脱線事故が起きた。死傷者はゼロだったが大きなニュースになり、現場に駆け付けた地元テレビ局の記者は救出された乗客の1人にマイクを向けた。「あなた、明日もまた地下鉄に乗りますか?」
「ええ、もちろん」。乗客の女性は驚くほど平然と答えた。「だって便利でしょ。いくら自動車の事故が起きても、みんな平気で車を運転してるのと同じよ」
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