最新記事

軍事

「新・日英同盟」の始まりを告げる英空母「クイーン・エリザベス」来航が残した宿題

2021年9月21日(火)18時05分
秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表、大阪大学大学院招聘教授)

akimoto20210921queenelizabeth-3.jpg

(左から)オランダ海軍のフリゲート艦エヴァーツェン、海上自衛隊の護衛艦いずも、英海軍の駆逐艦ディフェンダー、英空母クイーン・エリザベス、カナダ海軍のフリゲート艦ウィニペグ、海上自衛隊の護衛艦いせ、英海軍の給油艦タイドスプリング(9月9日) Royal Navy

そこで、航空戦力を補完するためにとられた苦肉の策が米軍との「相互交換性(Interchangeability)」であった。

これまで西側の同盟国の軍隊は互いの交流を深め、共同の作戦能力を獲得することを目的とした「相互運用性(Interoperability)」の向上に努めてきた。それに対して、「相互交換性」は、相互運用性をさらに拡大して、同盟国が互いに保有する装備や兵士を融通し合い、戦力を補完し合うという効率的な軍隊の運用方法であり、NATOが近年検討しているものだ。

つまり、米国本土から派遣された米海兵隊のF35Bの部隊は相互交換性を実現するため、言い換えれば英国の航空戦力の穴を埋めるために、英国軍の指揮下で空母艦載機として活動しているのである。実際の作戦任務で相互交換性が試されるのはこれが初めてであり、「クイーン・エリザベス」のアジアへの展開は相互交換性の初めての実証実験の場と言えよう。

早期警戒能力

今回の展開にあたってもう一つの重要な実験は、空からの脅威に対処する早期警戒能力の向上である。一般的に言って、海軍部隊にとっての脅威は戦闘機やミサイルなど空からの脅威と潜水艦による水中からの脅威、それに水上艦による脅威の三つに大別される。

このうち、空からの脅威に対しては、米国では空母に早期警戒機を搭載し、艦隊の上空に早期警戒機を配置することによって、水平線の彼方から接近する脅威に対処している。ところが、英国の空母は固定翼機を発進させるカタパルトを装備していないため、固定翼の早期警戒機を搭載することができない。

そのため、1982年のフォークランド紛争での英国海軍の艦隊は早期警戒能力が十分ではなく、ミサイル攻撃を受けて駆逐艦一隻を失った。

それ以来、英国海軍はヘリコプターに早期警戒用のレーダーを載せることによって対処してきた。特に、「クイーン・エリザベス」の運用にあたっては、搭載しているヘリコプター「マーリン」に装備するため「クロウズネスト」と呼ばれる最新型の早期警戒システムを開発し、運用する予定だった。

ところが、「クロウズネスト」は開発段階で技術上の問題に直面したため、配備が大幅に遅れ、運用の開始予定も2021年9月にまでずれ込んでしまった。

それでは「クイーン・エリザベス」のアジア展開に間に合わないため、軍事産業はなんとか間に合わせようと初期のシステムを急きょ作り上げ、出港直前の2021年4月に納入したのである。したがって、「クロウズネスト」は配備されたとはいえ、まだ試験運用の段階にある。

このように「クイーン・エリザベス」は完全な作戦能力を保有しないまま日本へ向けた長い航海に臨んだのであり、逆に言えば、英国はそうまでしてインド太平洋への関与や日本との関係の強化を重視しているのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏のMRI検査は「予防的」、心血管系良好=

ビジネス

再送-インタビュー:USスチール、28年実力利益2

ビジネス

再送-〔アングル〕日銀総裁、12月利上げへシグナル

ワールド

ロ軍、ドネツク州要衝制圧か プーチン氏「任務遂行に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中