最新記事

軍事

「新・日英同盟」の始まりを告げる英空母「クイーン・エリザベス」来航が残した宿題

2021年9月21日(火)18時05分
秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表、大阪大学大学院招聘教授)

日本の責任と支援

英国のウォレス国防相は今年7月、年内にインド太平洋海域に哨戒艦2隻を恒常的に展開させ、数年以内に沿岸即応部隊を配備する計画であることを発表した。日英の安全保障協力が深まるにつれ、今後、英国海軍の艦艇が日本を訪問する機会も珍しくなくなるだろう。

それでは、日本はインド太平洋で活動する英国の艦隊や部隊に、今後どのような支援を与えるべきだろうか。

それは簡単に言えば、英国に欠けているものを提供することである。同盟というのは元来足りないものを補い合う関係であり、空母「クイーン・エリザベス」に載せる艦載機の不足分を補うために米海兵隊が艦載機を英国に提供したのはその一例である。

日本ができる支援策として次の二点を強調したい。

①ホストネーションサポート

英国は海軍部隊の長期展開にあたって、インド太平洋の各地域で物資の補給を受けたり乗組員が休息できる寄港地を探している。具体的にはブルネイやシンガポール、オーストラリアのような英連邦に所属する国の港を検討している。

しかし、それとは別に英国の艦隊を恒常的に支援する強力なホスト国も必要であり、そのための拠点として、補給能力や技術力などの点で最もふさわしいのが日本の横須賀、佐世保などであろう。

日英間には、すでにACSA(物品役務相互提供協定)が結ばれており、軍同士では物資の補給が自由にできるようになっている。

一方、軍同士が互いの国を訪問した際、双方の法的地位を定めた地位協定はまだ結ばれていない。現在交渉中のRAA(円滑化協定)を速やかに締結して、日英の軍事的交流や部隊の訪問を恒常化できる体制を作ることが重要だろう。

②F35戦闘機の整備提供

実は英国が日本に期待しているのが、空母艦載機のF35Bの整備を日本で行うことである。欧米諸国やオーストラリア、日本、シンガポール、韓国など西側諸国が保有を進めているF35戦闘機は他の戦闘機がそうであるように、一定の時間が経過すると大規模な整備、点検作業を受けなくてはならない。

特にF35は秘匿性が高いことから、保有国が勝手に分解したり、改修したりすることはできない。そのため、米国政府は米国本土とそれ以外の3カ国に、F35の国際整備拠点を設けて、F35の分解や整備、改修、ソフトの入れ替えなどはすべてこの拠点に持ち込んで行うことになっている。

そして、東アジアで唯一、整備拠点と指定されたのが、日本の愛知県豊山町の三菱重工業小牧南工場である。ここでは日本の航空自衛隊が保有するF35だけでなく、アジア地域に展開している米軍のすべてのF35の機体の整備を受け持っており、近い将来、200機近いF35の機体の管理がここで行われることになる。

英国が期待しているのは、この工場で艦載機の整備を受けることであり、将来、もし英国から求めがあれば日本はこれを歓迎すべきである。

日本には今後、アジアの大国として英国と協力し合いながら地域に同盟の傘を拡げ、インド太平洋を舞台に新しい国際秩序の構築を進めていく責任がある。新しい日英同盟の構築はそのための出発点に過ぎず、空母「クイーン・エリザベス」の来航はその第一歩にすぎない。すべてはこれからである。


復活!日英同盟――インド太平洋時代の幕開け
 秋元千明 著
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

[筆者]
秋元千明(あきもと・ちあき)
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表。
早稲田大学卒業後、NHK 入局。30 年以上にわたり、軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。東西軍備管理問題、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、北朝鮮核問題、同時多発テロ、イラク戦争など、豊富な取材経験を持つ。一方、RUSI では1992 年に客員研究員として在籍した後、2009 年、日本人として初めてアソシエイト・フェローに指名された。2012 年、RUSI Japan の設立に伴い、NHKを退職、所長に就任。2019年、RUSI日本特別代表に就任。日英の安全保障コミュニティーに幅広い人脈があり、両国の専門家に交流の場を提供している。大阪大学大学院招聘教授、拓殖大学大学院非常勤講師を兼任する。著書に『戦略の地政学』(ウェッジ)、『復活!日英同盟――インド太平洋時代の幕開け』(CCCメディアハウス)等。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中