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「藤井二冠を殺害予告疑いで追送検」──誤解や混乱を減らすための「言葉の実習」とは?

2021年9月21日(火)10時55分
古田徹也(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)※アステイオン94より転載

この「見出しの実習」は、ほかにも様々なやり方が考えられる。既存の見出しの修正を行うだけではなく、15字の見出しを10字に減らすといった課題もありうるし、ニュースを素材に全くゼロから新しい見出しをつくるのも良いだろう。またその際には、10字と15字の2つの異なるバージョンを作成するといったやり方も効果的かもしれない。あるいは逆に、見出しの方を題材にし、そこからニュースの内容を自由に想像して記事を書いてみる、という実習も可能だ。それは、単純に文章を書く練習や物語を構成する練習になるだけではなく、特定の単語や文章から私たちがどのような事柄を想定しがちなのかを、身をもって確かめる経験にもなるだろう。

以上、素描してきた「見出しの実習」は、いわゆる世紀末ウィーンを代表する論客カール・クラウス(1874-1936)が提唱した、「言葉の実習」という理念につながるものだと思われる。

クラウスは、当時のジャーナリズムとその言葉の用い方に対して鋭い批判を向けつつ、人々が「言葉の実習」を行うことの必要性を訴え、自ら実践した。それは、母語をひと通り習得した者にこそ必要な教育であり、個々の言葉の微妙なニュアンスの違い、言葉同士の組み合わせの妙などを、具体的な比較検討を通じて明確にしてゆく作業である。クラウスによれば、言葉に目を凝らし、耳を澄ませ、用いるべき言葉を思慮深く選び取ることは、私たちが果たすべき真に重要な責任であるものの、あまりに軽視されてしまっているという。(このクラウスの議論については、拙著『言葉の魂の哲学』の、特に第3章第2節を参照されたい。)

クラウスのこの指摘は、現代に生きる私たちにも同様に当てはまるだろう。型崩れを起こした見出しという、私たちがいましばしば直面する言葉は、言葉に対する私たちの向き合い方を映し出す鏡であり、同時に、「言葉の実習」を実践するための格好の素材にもなりうるのである。

古田徹也(Tetsuya Furuta)
1979年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。新潟大学大学院准教授、専修大学文学部准教授を経て、現職。専門は現代哲学、現代倫理学。著書に『はじめてのウィトゲンシュタイン』(NHK出版)、『不道徳的倫理学講義』(筑摩書房)、『言葉の魂の哲学』(講談社、サントリー学芸賞)などがある。

※当記事は「アステイオン94」からの転載記事です。
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アステイオン94
 特集「再び『今、何が問題か』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

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