最新記事

報道

「藤井二冠を殺害予告疑いで追送検」──誤解や混乱を減らすための「言葉の実習」とは?

2021年9月21日(火)10時55分
古田徹也(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)※アステイオン94より転載

「14人感染、さいたまの中学生など 1人死亡」という見出しについてはどうだろうか。この見出しの最大の問題は、「さいたまの中学生」と「1人死亡」という語句が隣接していることだ。人には、最も近い距離にある言葉同士を意味的に連関させようとする傾向がある。そのため、私たちはこの見出しを読むと、さいたまの中学生が死亡したと自然に理解するのだ。それゆえ、この2つの語句の距離を遠ざけて「さいたまの中学生など14人感染 1人死亡」などとすれば、誤解の余地は少なくなるだろう。しかし、そのように改善したとしても、この見出しは散漫な印象を与える。中学生の感染に注目しているのか、それとも感染者数なのか、あるいは死亡者の存在なのか、焦点が明確でないからだ。

危惧の念を覚えるのは、いわゆる「てにをは」がなっていない見出しが、報道の場でこれほどの頻度で用いられているということだ。マスメディアは言葉を武器に公権力とも対峙すべき機関だが、誤解や混乱を招く表現を多用してしまっては、自らの言葉への信頼を失うことにもなりかねない。とはいえ、こうした言葉の型崩れはマスメディアに限った話ではない。同様の拙い表現は、学生が書くレポートであれ、無数に行き交うメールであれ、絶え間ないSNSへの投稿であれ、私たちが普段触れる文章のなかに溢れている。

もちろん、過去の人は皆「てにをは」が整った文章を書いていた、と言うつもりはない。これまでも拙い表現は無数に流通していたはずだ。しかし、いまの時代、言葉の型崩れの弊害が以前より大きくなっているのも確かだと思われる。なぜなら、情報収集が主にインターネットを用いたものとなり、普段の生活のなかにSNSや電子メールが浸透している現在、私たちは日々、十分なコンテクストなしに短い文章を書いたり解釈したりすることを強いられているからだ。

たとえば、いま私たちの多くはニュースをインターネット上でチェックしているが、まず目に飛び込んでくる文字は見出しのみであり、それをクリックする手間をさらに掛けなければ、具体的な内容を――つまり、見出しの言葉の背景となるコンテクストを――知ることができない。だからこそ、見出しによるミスリードという事態も頻発してしまう。また、SNSにおいても、投稿した文章が前後の文脈から切り離されて拡散され、誤解を呼び、いわゆる「炎上」を引き起こすことは日常茶飯事だし、簡潔な伝達を旨とする電子メールのやりとりのなかで、言葉の意味の取り違えからトラブルが生じることも珍しい話ではない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中