最新記事

テロリスクは高まるか

タリバンの思想は農村では「当たり前」? カブール市民が震え上がる「恐怖政権」の正体

THE MYSTERY OF TALIBAN RULE

2021年8月31日(火)17時50分
貫洞欣寛(ジャーナリスト)

afghanwomenkabul.jpg

女性の権利は守られるのか(8月23日、カブール近郊のバザール)MARCUS YAMーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES

タリバンが会見で語った「シャリーアの枠内で権利を尊重する」という言葉。シャリーアとは、イスラム法を意味する。イスラム法は日本の憲法のように条文ごとにまとめられたものではない。聖典コーランと口伝などで伝承された預言者の慣行(スンナ)、これらを踏まえたイスラム法学者の類推や解釈、合意などを含む幅広い知的体系であり、イスラムを学ぶ上でも実践する上でも欠かせない要素だ。

タリバン幹部は英メディアに、女性に対して頭からすっぽりとかぶり全身を覆う「ブルカ」の着用は強制しない、と述べた。ただし今後も、髪を覆う「ヒジャブ」は義務とした。20年前、タリバンは「ブルカは義務」と主張していた。タリバンの言う「シャリーアの枠」が、この20年で変化したということだ。

聖典コーランに「顔を隠せ」「ブルカは義務」と直接、女性に命じる部分はない。

ヒジャブの根拠とされるものの1つはコーラン24章31節。岩波文庫の井筒俊彦訳では「外部に出ている部分はしかたがないが、そのほかの美しいところは人に見せぬよう。胸には蔽いをかぶせるよう」となっている。別の和訳では「胸の上にベールを垂れなさい」となっている。翻訳の段階で原文の解釈が加わり、表現も変わっている。

啓示をどう読み解くか。コーランのほか、預言者ムハンマドはどんな規範を示したのか。それらから何が類推できるのか。解釈は1つではない。人によって社会によって時代によって「シャリーアの枠」は変わるのだ。

イスラム教徒の女性でヒジャブをかぶる人は多い。エジプトでは大きなスカーフを巻いて顔を出すのが主流だし、サウジアラビアでは目だけを出すニカブ姿の女性が目立つ。中東の女性がブルカを着用することは、まずない。だから90年代、タリバンのブルカ強制には中東からも「あれは地域の慣習でイスラム教徒の義務ではない」と批判が出た。

実際にこの20年で、タリバンはカタールに政治事務所を開設し、日本を含む各国を訪問。アメリカとも長期にわたり交渉し、国際社会と接触する経験を積み重ねてきた。

96年にカブールを制圧したときのタリバンは、山村や難民キャンプから出てきた、野武士のような「イスラム戦士」集団だった。「イスラムは正しい教えなのだから、(自分たちの解釈する)イスラムに従えば全てうまくいく」という、ある種のユートピア主義で理念先行の部分があった。

今度はそこに、国際経験と広い見聞が加わった。「タリバン2.0」という表現も各国のメディアで使われ始めている。しかし、会見で報道官は「シャリーアの枠内」の具体的な規範を、ほとんど示さなかった。女性の権利などでシャリーアの枠をどう判断するかについて、タリバンとそのイスラム法学者が解釈を独占することには、変わりなさそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中