最新記事

米経済

インフレへの「軽視」と「慢心」こそが70年代型インフレ危機の再来を招く

70s-Style Inflation Redux?

2021年8月3日(火)18時51分
マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌上級特派員)

210810_17P50_IFL_02.jpg

バイデン同様に物価上昇は一時的なものと捉えるパウエルFRB議長 GRAEME JENNINGS-POOL-REUTERS

「サマーズが言うように、アメリカは今年、かなりのインフレになるだろう」と、シュレイファーは指摘した。「それによって公共部門の労働者の賃金や社会保障の受給者などの所得は大幅にアップし、おそらく組合員らの賃上げ要求も高まるはずだ。こうしてスパイラルは始まる」

それでも大半のエコノミストは、70年代型のインフレが再来するという懸念には根拠がないと考えている。アメリカでは新型コロナの感染拡大への懸念が再び高まり、飲食店や企業が活動を停止した。債券市場の金利が依然として低いのも、インフレ懸念が小さい表れとみられている。

さらに70年代との大きな違いは、インフレ期待が当時に比べて非常に低いことだ。物価は依然として安定しているというのが大方の見方で、賃金の引き上げを要求するような浮き足立った動きはない。

FRBが頼れる存在に

「70年代との間には類似点も相違点もある」と語るのは、財務省高官を務めたハーバード大学のカレン・ダイナン教授。「経済活動の低水準期は、供給ショックによっても需要ショックによっても引き起こされる。今は一部に、制約要因や人材難などの供給問題があるようだ」。ただし供給問題は一時的なもので、持続的な高インフレを招く可能性は低いと、彼女は言う。

70年代の二の舞いにならない最大の理由として多くの専門家が挙げるのは、FRBの姿勢が違うことだ。当時のアーサー・バーンズ議長は、インフレの危険性を軽視しつつ、賃金や物価を管理しようという無駄な間違いを犯した。

「現在のFRBはインフレの抑制に熱心だ。その点が大きな違いだ」とニューヨーク大学のマーク・ガートラー教授も言う。

IMF(国際通貨基金)のチーフエコノミストだったオリビエ・ブランシャールは、ワシントンに慢心がはびこっていないかと危惧する。現在のコロナ禍や、古くは07年からの世界金融危機のデフレ圧力に慣れ切っているFRBは、目立った対策を取らずにやり過ごすかもしれない。

だがブランシャールも、今日のFRBのほうが70年代に比べてはるかに対応力があると考えている。「今回も後手に回ったとしても、最後には持続的なインフレの兆候に対処すると思う」

FRBはニクソン時代よりも格段に頼もしくもなった。パウエルはドナルド・トランプ前大統領に任命されたが、これまで議長としての独立性を高く評価されている。一方で70年代に議長を務めたバーンズは、インフレが進んでいたにもかかわらず、低金利を維持せよという大統領の執拗な圧力に屈し続けた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、戦時経済の歪み認識 交渉によるウクライ

ワールド

韓国大統領、大規模な兵力投入を拒否 前国防相が弾劾

ワールド

トランプ氏の関税警告、ロ報道官「目新しさなし」 発

ワールド

ウクライナ向け米製兵器は欧州が費用負担、NATO事
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ人の過半数はUSスチール問題を「全く知らない」
  • 4
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 5
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 6
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 7
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 8
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 9
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 10
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命を…
  • 5
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中