最新記事

新型コロナウイルス

新型コロナは世界をどう変えるか 下水道もベランダも感染症で生まれた

PANDEMIC HANGOVERS

2021年4月23日(金)06時55分
レベッカ・オニオン

magSR20210423pandemichangovers-3.jpg

ILLUSTRATION BY INVINCIBLE_BULLDOG-ISTOCK

新しい知識と、そしてインフルエンザの苦い経験が消費者の衛生パラノイアを助長した。アメリカ人の主な死因が感染症から慢性疾患に代わってからも、新聞や雑誌は盛んに「細菌による病気」の流行という話題を取り上げていた。

メディアはどのような記事が読者に受けるかを極めて正確に理解していたと、トメスは論じている。具体的に言えば病気の話、それも従来の常識を覆す新事実の暴露があり、知られざる脅威に警告を発し、読者に習慣を変えるよう促すような記事だ。

疫病の記憶は商売に役立っただけではない。人種隔離の正当化にも一役買った。

感染症と都市政策の関係に詳しいセーラ・ジェンセン・カーによると、郊外住宅地の開発が進んだ20世紀半ばに作られた各地の住宅条例には、有色人種の排除を正当化するために感染症を利用した文言が盛り込まれている。

「白人が自分たちより病気の罹患率の高い人種に家を売ることを禁じるといった文言が多々ある」と、カーは言う。「しかも、そうした規制には『科学』の裏付けがあるとされていた」

疫病の記憶はアメリカの生態系にも深刻な影響をもたらした。20世紀半ばのアメリカでは、ポリオに対する恐怖から消毒薬のDDTが大量に散布された(DDTは生態系に長く残留し、その影響は今も消えていない)。

DDTは戦場で兵士をマラリアやチフスから守るためにも使われたので、当時のアメリカ人はDDTの効能を信じた。ポリオは政治の世界にも大きな影響を与えた。

歴史家のナオミ・ロジャースは、ポリオに罹患して生き延びた人々が障害者の権利擁護に大きな役割を果たしたと指摘する。彼女によれば「60年代には既に一部の元ポリオ患者が自分たちの権利を守る運動を組織し始めていた」。

80年代には、いわゆる「ポリオ後症候群」で大人になってからも苦しむ人が増えた。彼らの多くは障害者の権利運動に身を投じ、その精力的な活動もあって1990年に「障害を持つアメリカ人法」が成立した。

magSR20210423pandemichangovers-4.jpg

ILLUSTRATION BY INVINCIBLE_BULLDOG-ISTOCK

悲劇を生んだ過去の知識

一方、つらい経験を通じて学んだ教訓や習慣が、新しい感染症の予防には役立たないケースもある。

トメスによれば「子供の頃に学んだ習慣はなかなか消えないし、特定の世代に刷り込まれた記憶というのもある」。

例えば20世紀の前半に感染症の大流行を経験した人は、細菌への接触や唾液を通じた感染には神経質になっている。そのため、手洗いやうがいを励行する。

しかし、この習慣は20世紀後半に出現したHIVの感染予防には役立たなかった。感染ルートが違うからだ(HIVの場合は性行為による体液の侵入)。

それでも世間の患者・感染者を見る目は変わらない。だから患者・感染者との接触を嫌い、排除しようとした。

【関連記事】中国ワクチン、有効率わずか50% 南米に動揺と失望が広がる

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落後切り返す、FOMC受け荒い

ビジネス

10月米利下げ観測強まる、金利先物市場 FOMC決

ビジネス

FRBが0.25%利下げ、6会合ぶり 雇用弱含みで

ビジネス

再送〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中