最新記事

新型コロナウイルス

意識障害、感情の希薄化、精神疾患...コロナが「脳」にもたらす後遺症の深刻度

HOW COVID ATTACKS THE BRAIN

2021年4月2日(金)11時29分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

ナスはCFSの発症について、ある仮説を支持している。それは感染症にかかると病原体が消えた後も免疫系が活性化したままになり、体が自分自身と静かな戦争を続けることがあるというものだ。新型コロナの長期的な症状の一部もそれと同じメカニズムで起きるのではないかと、彼は考えている。

新型コロナの長く続く後遺症を説明するこの2つの仮説、つまり脳のウイルス感染説と自己免疫説はどちらか一方が正しいとは限らず、両方が発症に絡んでいる可能性もあると、岩崎は指摘する。

岩崎は「自己抗体」と呼ばれる特殊な免疫物質の影響を調べた。自己抗体は分子レベルの「細胞の暗殺者」だ。抗体はウイルスなどの異物(非自己)を見つけて攻撃するが、自己抗体は自己の細胞のタンパク質(自己抗原)を標的にする。新型コロナに感染した194人の患者と医療従事者から採取した血液サンプルと、感染していない医療従事者30人の血液サンプルを解析して比較したところ、感染者では自己抗体が「劇的に増加」し、多くのケースでは免疫細胞を攻撃していた。

研究中に亡くなった15人の患者では、1人を除いて全員が自己抗体の大量放出により免疫系の正常な働きが阻害されていた。自己抗体は血液の凝固に関わる分子や結合組織、脳を含む中枢神経系の細胞まで排除すべき異物と見なして攻撃したようだ。こうした解析結果をまとめた岩崎の論文は、昨年12月に英国医師会発行の専門誌に掲載された。

解剖で見られた脳組織の細胞の損傷も自己免疫反応によるものかもしれない。人体に張り巡らされた血管の総延長は約10万キロに及ぶともいわれている。新型コロナのスパイク・タンパク質が結合するACE2受容体は血管壁の内側を覆う「内皮細胞」に広く発現している。

「脳は最も多くの血管が張り巡らされている臓器で、血管が複雑に絡み合った巨大な塊のようなものだ」と、NINDSのコロシェッツは言う。

脳の毛細血管の壁が破壊されると、脳に有害物質が入るのをブロックする「血液脳関門」が壊れ、さまざまな物質が脳内に流入する。「それ自体が問題だ。本来なら入ってこないはずの物質が流入し、脳の機能に支障を来すからだ」と、コロシェッツは説明する。加えて「いわば傷を吸収する、もしくは関門が壊れて入ってきたタンパク質を吸収するために炎症反応が起きる」。

白血球は通常なら脳に入れないが、関門が壊れると病原体も白血球もどんどん脳内に流入するようになる。コロシェッツによると、新型コロナに特化した抗体が「誘導ミサイル」だとすれば、白血球は「戦車」のようなものだ。攻撃目標を絞る精度は抗体よりもはるかに劣る上、はるかに大規模な攻撃を加えるため、ウイルスに感染した細胞だけでなく周辺の細胞も破壊される。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

海外勢の米国債保有、7月も過去最高の9.15兆ドル

ワールド

ウクライナ戦争後の平和確保に協力とトランプ氏、プー

ビジネス

中国、TikTok巡る合意承認したもよう=トランプ

ワールド

米政権がクックFRB理事解任巡り最高裁へ上告、下級
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中