意識障害、感情の希薄化、精神疾患...コロナが「脳」にもたらす後遺症の深刻度
HOW COVID ATTACKS THE BRAIN
ナスが遺体を調べた患者の多くは、医師の診察を受ける前に突然死していた。1人は地下鉄で発見され、もう1人は妹と遊んでいるときに急死した。そのためナスは、症状が軽かったので病気の自覚がなかったのだろうと結論付けた。それにもかかわらず遺体の脳には神経細胞の損傷や炎症、血管の損傷が多数認められた。
その正確な原因については、今も専門家の間で議論が続いている。急性の新型コロナで死亡した患者の脳に見られた損傷は、軽症患者の脳にも同様に存在するのか、その後に発症する未知の後遺症によるものなのかも不明だ。この2つの疑問に対する答えは、将来の治療に大きな影響を与える可能性がある。
嗅覚の喪失と感情の変化
新型コロナによる脳の損傷の原因についてはいくつもの説があるが、今のところ専門家はウイルス感染と自己免疫反応に最も強い関心を寄せている。この2つは互いに排他的なものではなく、症例によってほかに原因がある可能性もある。最も懸念されるのは、慢性的な神経障害を伴う他のウイルス性疾患にも見られる現象――つまり、ウイルスが脳細胞に「定着する」可能性だ。この場合、新型コロナが長期的に見て神経変性疾患の原因となる可能性が高まる。
大規模な集団を対象とした研究では、単純ヘルペスなどの一般的なウイルス感染と、アルツハイマー病や認知症に見られる分子レベルのプロセスとの関連が示されていると、神経学者のデエラウスキンは言う。一部のウイルスは脳に入り込んだ後、一時的に「休眠状態」になり、いずれ再活性化することも分かっている。
デエラウスキンが感染拡大の初期に、強い危機感を抱いたのはそのためだ。自分が遭遇した不可解な臨床症状は脳の構造変化によるものではないか、と危惧したのだ。
嗅覚の喪失は、嗅球という鼻につながる脳の小さな領域が感染した可能性を示唆していた。嗅球は記憶や感情の制御をつかさどる脳の領域付近にあるため、ブレインフォグの症状やパンデミック初期にデエラウスキンの研修医が経験した奇妙な感情の解離は、これで説明できる。
その後、新型コロナの脳への影響を心配すべき別の理由も発見された。新型コロナは当初、主に呼吸器系の疾患と思われていたが、「転移する」能力があるという点で癌と類似点があることが分かったと、医学大学院や病院を傘下に持つマウント・サイナイ医療システム(ニューヨーク)のカルロス・コルドンカルド病理学部長は言う。このウイルスは突起(スパイク)状のタンパク質を使い、多くの種類の宿主細胞に存在するACE2受容体に結合する。