最新記事

哲学

「夜中に甘いものが食べたい!」 欲望に駆られたとき愚者は食べ、凡人は我慢する。では賢者は?

2021年3月24日(水)21時00分
山本芳久(東京大学大学院総合文化研究科教授、哲学者) *PRESIDENT Onlineからの転載
ケーキを食べる女

健康や美容のため、食欲を抑えるにはどうすればいいのか? 写真はイメージです。YinYang - iStockphoto


健康や美容のため、食欲を抑えるにはどうすればいいのか。『世界は善に満ちている トマス・アクィナス哲学講義』(新潮選書)を刊行した東京大学の山本芳久教授は「中世の哲学書を読んでいると、現代人が抱いている日常的な悩みに対して、意外な答えが与えられることがしばしばあります」という──。

「甘いものを食べるかどうか」は哲学の問題

──山本さんは、東京大学で哲学を教えているそうですが、そもそも「夜中に甘いものを食べるかどうか」なんて問題が、哲学のテーマになりうるのでしょうか?

いかにして善く生きるか、どうすれば幸せになれるのか――これは哲学の中心的なテーマです。だとすれば、夜中に甘いものが食べたくなったとき、それを食べるか我慢するかという問題も、「善く生きる」ことや「幸せ」に深くかかわるので、哲学的なテーマと言えるでしょう。

私が専門とする西洋中世の哲学者トマス・アクィナス(1225頃~1274)も、その主著『神学大全』において、この問題について考えるための手がかりを与えてくれています。

──えっ、『神学大全』という書名だけは世界史の授業で習った記憶がありますが、「夜中に甘いものを食べるかどうか」なんて問題を論じている本だったのですか?

『神学大全』はキリスト教神学の百科事典のようなものと思われがちですが、それは一面的な理解です。日本語訳で全45巻もある大著ですから、実に多様なテーマを扱っていて、「キリスト教神学」という狭い枠の中には収まりきらない様々な問題が取り扱われています。

日本語訳の第10巻は、人間の感情の動きがテーマで、欲望に対してどのように向き合うべきかも詳しく検討されています。そこに「夜中に甘いものを食べるかどうか」という問題を考えるヒントがあるのです。

「節制」とは何か

──で、何と書かれているのですか? 偉い哲学者だから、どうせ「どんなにツラくても、食べるのをガマンしなさい!」とか説教しているんでしょうね。

それがそうでもないのです。トマスは「甘いものを控えることの喜び」という視点を提示しているのです。

──「喜び」なんてないでしょう! 甘いものをガマンすれば、健康や美容には良いかもしれませんが、精神的には苦しくなります。

いいえ、トマスは「〈節制〉という〈徳〉を身につけるからこそ得られる〈喜び〉がある」と言っています。これはトマスだけの特殊な考えではなく、古代ギリシアのアリストテレス以来、哲学における伝統的な考え方の一つです。

トマスは、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を参照しながら、4つの「枢要徳」、すなわち「賢慮」「正義」「勇気」「節制」について整理しています。

newsweek_20210322_170612.jpg

出典=山本芳久『世界は善に満ちている』121頁より

いま話している「夜中に甘いものを食べるかどうか」は、4つめの「節制」に関わる問題ですね。欲望をコントロールする力が問われているのです。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

原油先物は小幅反落、ベネズエラ情勢やロシア供給リス

ワールド

米農務省、5カ月で職員2割が離職 トランプ政権の人

ビジネス

米ウーバーとリフト、中国百度と自動運転タクシー試験

ワールド

米政府、ブラウン大学の安全対策再検討へ 銃乱射事件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中