最新記事

哲学

「夜中に甘いものが食べたい!」 欲望に駆られたとき愚者は食べ、凡人は我慢する。では賢者は?

2021年3月24日(水)21時00分
山本芳久(東京大学大学院総合文化研究科教授、哲学者) *PRESIDENT Onlineからの転載

「節制」と「抑制」の違い

──「節制」ということは、やっぱり「ツラくてもガマンしなさい」という話じゃないですか。そんなことなら、いちいち哲学を持ち出さなくてもわかります。

いや、ツラいのは「抑制」であって、「節制」からは喜びが生まれるというのが、トマスの哲学の考え方です。「節制」と「抑制」は言葉としては似ていますが、決定的な違いがあるのです。

トマスは「節制」について説明するさいに、アリストテレスに基づいて「節制ある人」「抑制ある人」「抑制のない人」「放埒な人」の4種類を区別しています。図表2は、岩田靖夫『アリストテレスの倫理思想』(岩波書店)という本に由来するもので、私がアレンジを加えています。

newsweek_20210322_171151.jpg

出典=山本芳久『世界は善に満ちている』123頁より

──「節制ある人」と「抑制ある人」は何が違うんですか?

一言で言うと、「抑制ある人」は、いやいやながら欲望を我慢して押さえつけているのに対して、「節制ある人」は、節制ある在り方をしていることに喜びを感じている点にです。

──「節制」に喜びを感じるというのは、単なるキレイごとにしか思えないのですが?

トマスは、「節制」などの「徳」を身につけるのは、「技術」を身につけるのと似ていると言います。たとえば子どもがピアノを習うとき、最初はうまく弾けないからイヤイヤ練習するけれど、ある程度弾けるようになると、だんだん楽しくなってくる。技術を身につけると、簡単に素早くできるようになるし、それをやることに喜びが生まれてくる。

それと同じように、「節制」を身につけると、欲望をコントロールすることが容易になり、また素早くできるようになるのです。

──それと「甘いものを食べるかどうか」という話は、どうつながるんですか?

たとえば、冷蔵庫の中に甘くて美味しそうなお菓子が入っているとします。最初のうちは、それを食べるのを我慢するのは困難で、つい食べてしまったり、たとえ我慢することができたとしても、「食べたい」という思いと「食べてはいけない」という思いとの葛藤を経て、ようやく食べるのを我慢するという流れになりますね。

──そうです。とても「喜びを感じる」どころではありません。

それは、まだ「抑制」の段階にあるからです。それに対して、「節制」を身につけた人は、それを食べるのは自分の健康にとってよくないことだと判断したら、自ら進んで食べないという選択をする。すると「今日も健康な食生活を送ることができたな」という喜びを感じることができます。

つまり「節制」という徳を身につけることは、何かをイヤイヤ我慢することではなくて、むしろ自分が本当に望んでいるものを見つけ、本当に満足するあり方へと自分を導いていくことなのです。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

プーチン氏、ウ和平交渉で立場見直し示唆 トランプ氏

ワールド

ロ、ウ軍のプーチン氏公邸攻撃試みを非難 ゼレンスキ

ワールド

中国のデジタル人民元、26年から利子付きに 国営放

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、11月は3.3%上昇 約3年
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 5
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中