最新記事

BOOKS

銃社会アメリカの「スキルの低い警官」と警察内人事制度の関係

2021年3月15日(月)16時55分
印南敦史(作家、書評家)

見逃すべきではないポイントがある。そうした恐怖心を抱いているのは、警官たちも同じということだ。例えば前述のジョージ・フロイド氏は警備員などをしていた普通の市民だが、背が高い巨漢でもあった。それが白人警官たちの警戒心を誤って刺激し、差別感情の原因になっていったというのである。


 要するに、非常に単純化して言えば、「黒人として人権意識とプライドがあるから逮捕を従順に受け入れない」という姿勢が、警官にとっては「危険で反抗的だから最大限の注意を払って無害化しなくては」という差別感情になる、そして「黒人の巨漢が抵抗しているのだからマニュアル通りに無害化が優先される」という暴力の正当化が行われるというわけだ。(202ページより)

コミュニケーション能力、格闘能力に欠ける警官もいる

また、そこには「警察の問題」も絡んでいるという。先に触れた複雑な組織体系もさることながら、個人的に特に気になったのは"柔軟な人事"だ。

大学進学ができなかった人材でも、高卒資格でポリス・アカデミーに学び、その卒業資格(サーティフィケーション)を獲得すればフルタイムの警官への道が開ける。実績を上げていけば、上のポジションを目指すことも可能だ。

アメリカの場合、大学の単位は一生有効なので、夜学へ通って単位をコツコツと貯めていけば、30代や40代になって大卒資格を得、改めて管理職を目指すというチャンスもある。

成績がよく、高度な訓練のコースを完了したりすれば、チーフ(署長)になれたり、エリート集団のSWATに入ることも夢ではない。他にもさまざまなチャンスがあり、可能性を広げていくことができるわけだ。

しかし問題は、その一方に存在する成績のよくない警官だ。学位のない形で、ポリス・アカデミーを振り出しに現場でのパトロールなどを続けるなか、勤務成績がよくなければずっと現場の仕事を続けなければならない。しかも地方の小都市では、どうしても給与が頭打ちになる。

黒人人口が圧倒的な貧困地区に大勢の白人警官がいて、しかも黒人住民と良好な関係を築けていないという問題の背景にも、こうした労働市場の問題が絡んでいるらしい。端的に言えば、"警官の質"が落ちてしまうのである。


基礎能力、基本的な判断能力、知的な思考力、そうした能力を補って余りある経験と経験に学ぶ力、そうした総合力が著しく欠けていると、特に銃社会のアメリカでは警官の任務遂行は困難になる。
 白人警官が黒人に対して過剰な暴力を加える背景には、(中略)仮に相手が武装していなくても、格闘の結果として銃を奪われる恐怖があるという問題がある。(213ページより)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中