東京五輪は、日本が多様性を容認する社会へと変わるチャンス
森前会長の発言には海外からも非難の声が上がった Kim Kyung Hoon-REUTERS
<森前会長の「女性差別」発言は、日本社会全体が多様性の包摂について考え、行動する機会となった>
東京オリンピック・パラリンピック組織委・森喜朗会長の「女性は話が長い」発言が問題となり、辞任に追い込まれた。この「女害」とも取れる発言への批判が高まると、逆に森氏らに対して「男の方こそ話が長い」という、言わば「男害」や「老害」というニュアンスの反論が飛び交う展開となった。そして「女害」「男害」「老害」論争は、内輪喧嘩にはとどまらなかった。
今回、「こんな発言で失脚しちゃうの? バッシングを受けるの?」と驚いたのは、男性だけではなく、女性の中にもいたはずだ。ブラックフェイスやホワイトウォッシュ問題と同様に、国内では問題と認識されづらい問題が、海外、主に欧米からの指摘で顕在化するケースだ。今回のような性別や人種にまつわるものは最たる例である。
女性蔑視発言に対して世界中からの非難の声が上がり、IOC(国際オリンピック委員会)からも非難を浴びると、関係者は問題の収拾を図って必死で火消しにかかった。最終的には五輪の聖火に因んで名前を付けられた、言わばオリンピックの申し子のような橋本聖子氏が、火中ではぜる寸前の栗を拾うことになった。
正直、女性差別に対して女性をもってきたところが、安直とも、油を以て油煙を落とすような荒技に見えなくもないが、それまでどんよりしていた空気が少し変わったように感じなくもない。その点、最高のタイミングで、オリンピックにとどまらず日本社会全体にとって多様性の包摂について考え、行動する機会を与えてくれたことが、森前会長の最大の功績かもしれない。
オリンピックの本質に立ち返ろう。オリンピックとは「平和の祭典」であり、「平和」と「多様性の受容」とは同義だ。平和があるところには多様性の容認があり、多様性の容認があるところは平和である。そして「平和」の反対軸には「戦争」がある。「戦争」はいわば違いの受け入れの失敗よって生じる。さらには戦争が進行するに従って、敵対者に対してのみならず、身内の違いまでも徐々に受け入れられなくなる。障がい者、けが人、老人、女性、子どもや同性愛者や平和主義者など戦いにはそぐわない者は邪魔扱いされる。
戦争とは「殺すか殺されるか」
生まれ育ったスリランカの、言語問題を発端とする25年に及ぶ内戦の経験から身をもって知った。戦争とは「殺すか殺されるか」である。「殺す」とは、究極の「人権侵害」であり、殺すか殺されるかの状況を生きる者には、その真逆の「容認」の感情は抱けない。
平和は世の中の最も尊いテーマであり、多様性や人権について考え実践する機会を定期的に提供するオリンピックやパラリンピックが果たす役割は大きい。オリンピックには紛争をスポーツに置き換えるという原点はもちろん、オリンピック休戦に見られるように争いを止めた歴史もある。さらにはオリンピックと対になって発展したパラリンピックは、元々は負傷兵士のリハビリテーションや社会復帰の一環として始められた。
それだけではない。オリンピックは回を重ねるごとに多様性を高め、包摂社会の重要性を提示し続けてきた。近代オリンピックが始まった1896年のアテネ大会に参加した国の数はわずか14カ国で参加者は241人、女性は0人だった。1964年の東京オリンピックでは、参加国・地域は93、参加者は5151人、そのうち女性は13%の678人だった。前回大会の2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、参加国・地域は205で、参加者数は1万1303人、女性比率は45%と過去最高を記録した。
また、リオ大会で参加選手から自身がLGBTであると公表した選手が50人となった。これは、2008年の北京オリンピックの10人、2012年ロンドン25人をはるかに上回る過去最高の数字だ。もちろん、冬季オリンピックもパラリンピックも同様に開催の回数を重ねるごとに「多様性」の包摂が進んでいる。