最新記事

日本人が知らない ワクチン戦争

日本人が知らない新型コロナワクチン争奪戦──ゼロから分かるその種類、メカニズム、研究開発最前線

AN UNPRECEDENTED VACCINE RACE

2020年10月20日(火)17時00分
國井 修(グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕戦略投資効果局長)

アメリカの最近の調査では、新型コロナワクチンが開発された場合、接種を受けるかとの質問に男性の31%、女性の51%が受けないと答えた。現在、世界各地でマスクをしない権利が主張されているように、ワクチン接種を拒み、受けない権利を主張する人は少なくないだろう。

では、最終的に有効なワクチンが開発されなかったらどうなるのか。人間に病気をもたらすと知られている微生物は1400種以上(うちウイルスは200超)といわれるが、このうちワクチンで予防できる感染症は30に満たない。私が対策支援に関わっている世界三大感染症(エイズ、結核、マラリア)にも、ワクチンがあるのは結核予防のBCGのみ。それも成人にはあまり効果がない。

それでも、われわれはこれらの病原体との付き合い方、予防の仕方がほぼ分かっている。例えば、HIVワクチンはなくとも、HIVの流行爆発があったタイで1990年代に導入された「ソーシャルワクチン」政策がある。予防教育、避妊具使用の徹底化、地域住民の啓発などを組み合わせた総合的なパッケージで、これによって感染率を急激に下げた。

新型コロナでも、社会的距離の確保、手洗い、マスク着用などのパッケージをソーシャルワクチンとして徹底することで、感染率を下げ、流行を抑えられる可能性が見えてきた。以前はマスク着用に懐疑的だったアメリカでも、データの裏付けにより、米疾病対策センター(CDC)がマスクの適切な使用は有効性が70%のワクチンよりも効果があると発表した。欧州でもマスクを義務付け、従わない場合は罰則を科す国が増えている。

現在、ワクチンの研究開発は急ピッチで進み、その結果はもうすぐ見えてくる。ただし、抗原の変異や人口集団の多様性などを考えると、その有効性や安全性に結論を出すのはもっと時間がかかるかもしれない。

ワクチンは万能ではない。今なすべきことは、神経質になり過ぎず、ある程度の感染やリスクは容認しつつ、われわれができるソーシャルワクチンを駆使することだ。ハイリスクの人々を守り、感染した人々やその家族を非難・差別せず、現状に悲観するより、新たな未来を切り開くこと──それが新型コロナの最良のワクチンだ。

(筆者はジュネーブ在住。元長崎大学熱帯医学研究所教授。これまで国立国際医療センターや国連児童基金などを通じて感染症対策の実践・研究・人材育成に従事し、110カ国以上で医療活動を行ってきた)

<本誌2020年10月27日号「日本人が知らないワクチン戦争」特集より>

20250204issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月4日号(1月28日発売)は「トランプ革命」特集。大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で、世界はこう変わる


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

政策金利、今年半ばまでに中立金利到達へ ECB当局

ビジネス

米四半期定例入札、発行額据え置きを予想 増額時期に

ビジネス

独小売売上高指数、12月前月比-1.6% 予想外の

ワールド

トランプ氏の米国版「アイアンドーム」構想、ロシアが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中