日本人が知らない新型コロナワクチン争奪戦──ゼロから分かるその種類、メカニズム、研究開発最前線
AN UNPRECEDENTED VACCINE RACE
過去のデータから、ワクチンが臨床試験の最終段階をクリアするのは2~3割と言われている SKAMAN306-MOMENT/GETTY IMAGES
<知っておくべきワクチンの基礎知識と世界で進む開発・獲得競争──最前線で何が起きているのか。乗り越えるべき課題は? 感染症対策の第一人者・國井修氏が徹底解説する。本誌「日本人が知らないワクチン戦争」特集より>
ワクチン、またそれを用いた予防接種とは何か。簡単に言うと、病原体、すなわち「敵」をヒトの体内で認識・学習させ、それに対抗できる「特殊部隊」を作り、本物の「敵」の来襲に備えるものである。
ヒトの病原体に対する抵抗力を「免疫力」(「疫(えやみ、やまい)」から「免れる」)と呼ぶ。敵の特徴や武器に応じてヒトの体内で特別に作られる特殊部隊を「獲得免疫」といい、なかでも重要なのが「抗体」だが、どのような敵に対しても防御する一般部隊「自然免疫」もヒトは生まれながらにして持っている。
私はアマゾンの奥地、アフリカのサバンナ、インドのスラム街などでも働いたことがあるが、あれほど過酷で、目を覆うほどに汚い環境の中でも、病気にならない、またかかっても死なずに自然に治癒する人が多いことに驚かされた。
確かに、コレラ、赤痢、マラリアなどの感染症に倒れる人もいる。しかし、それ以上に症状も出ずに元気に暮らす人も多いのだ。人類が持つ自然の、また獲得し鍛えられていく「免疫力」に畏敬さえ感じたものだ。
今回のコロナ禍でも、感染しても軽症で自然に治癒する人が8割以上、無症状を含めればかなりの数に上ることが分かっている。特に50歳未満で基礎疾患がなければほとんどが無症状か軽症で、重症化したり死亡したりする人は少ない。新型コロナにも打ち勝つ免疫力を持つ人は多い。
しかしながら、勝てない人々もいる。今も世界では高齢者を中心に毎日5000人前後の死亡が報告され、院内感染によって機能不全となる医療機関や停滞する社会・経済活動がある。だからこそ、新型コロナの感染を予防する、または重症化を防ぐワクチンの登場に期待が集まるのだ。
以前、ワクチンと言えば、生きてはいるが病原体の威力を弱めて使う「生ワクチン」、病原体を殺して使う「不活化ワクチン」、病原体が作る毒素の毒性を消して使う「トキソイド」の3種類だった。最近ではバイオテクノロジーの発達で、さまざまなワクチンの製造方法が開発されている。DNAワクチン、mRNAワクチン、ウイルスベクターワクチン、組み換えタンパクワクチンなどと呼ばれるものである。
簡単に言えば、以前は病原体自体を培養して、それを弱毒化・死滅させるなどして使っていたが、新たな方法では病原体の設計図(遺伝子情報)を使って、敵の一部やそれに似たものをヒトの体外や体内で作り、体内でそれらを認識させ、特殊部隊(=獲得免疫)や一般部隊(=自然免疫)を強化するものである。