最新記事

日本人が知らない ワクチン戦争

日本人が知らない新型コロナワクチン争奪戦──ゼロから分かるその種類、メカニズム、研究開発最前線

AN UNPRECEDENTED VACCINE RACE

2020年10月20日(火)17時00分
國井 修(グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕戦略投資効果局長)

過去のデータから、ワクチンが臨床試験の最終段階をクリアするのは2~3割と言われている SKAMAN306-MOMENT/GETTY IMAGES

<知っておくべきワクチンの基礎知識と世界で進む開発・獲得競争──最前線で何が起きているのか。乗り越えるべき課題は? 感染症対策の第一人者・國井修氏が徹底解説する。本誌「日本人が知らないワクチン戦争」特集より>

ワクチン、またそれを用いた予防接種とは何か。簡単に言うと、病原体、すなわち「敵」をヒトの体内で認識・学習させ、それに対抗できる「特殊部隊」を作り、本物の「敵」の来襲に備えるものである。
20201027issue_cover200.jpg
ヒトの病原体に対する抵抗力を「免疫力」(「疫(えやみ、やまい)」から「免れる」)と呼ぶ。敵の特徴や武器に応じてヒトの体内で特別に作られる特殊部隊を「獲得免疫」といい、なかでも重要なのが「抗体」だが、どのような敵に対しても防御する一般部隊「自然免疫」もヒトは生まれながらにして持っている。

私はアマゾンの奥地、アフリカのサバンナ、インドのスラム街などでも働いたことがあるが、あれほど過酷で、目を覆うほどに汚い環境の中でも、病気にならない、またかかっても死なずに自然に治癒する人が多いことに驚かされた。

確かに、コレラ、赤痢、マラリアなどの感染症に倒れる人もいる。しかし、それ以上に症状も出ずに元気に暮らす人も多いのだ。人類が持つ自然の、また獲得し鍛えられていく「免疫力」に畏敬さえ感じたものだ。

今回のコロナ禍でも、感染しても軽症で自然に治癒する人が8割以上、無症状を含めればかなりの数に上ることが分かっている。特に50歳未満で基礎疾患がなければほとんどが無症状か軽症で、重症化したり死亡したりする人は少ない。新型コロナにも打ち勝つ免疫力を持つ人は多い。

しかしながら、勝てない人々もいる。今も世界では高齢者を中心に毎日5000人前後の死亡が報告され、院内感染によって機能不全となる医療機関や停滞する社会・経済活動がある。だからこそ、新型コロナの感染を予防する、または重症化を防ぐワクチンの登場に期待が集まるのだ。

以前、ワクチンと言えば、生きてはいるが病原体の威力を弱めて使う「生ワクチン」、病原体を殺して使う「不活化ワクチン」、病原体が作る毒素の毒性を消して使う「トキソイド」の3種類だった。最近ではバイオテクノロジーの発達で、さまざまなワクチンの製造方法が開発されている。DNAワクチン、mRNAワクチン、ウイルスベクターワクチン、組み換えタンパクワクチンなどと呼ばれるものである。

magSR201020_chart1.jpg

開発中の主なワクチンの種類とメカニズム 本誌2020年10月27日号21ページより

簡単に言えば、以前は病原体自体を培養して、それを弱毒化・死滅させるなどして使っていたが、新たな方法では病原体の設計図(遺伝子情報)を使って、敵の一部やそれに似たものをヒトの体外や体内で作り、体内でそれらを認識させ、特殊部隊(=獲得免疫)や一般部隊(=自然免疫)を強化するものである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた

ワールド

トルコ中銀が2.5%利下げ、インフレ鈍化で 先行き
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中