最新記事

インド

トイレを作っても野外排泄をやめない男たち... インドのトイレ改革「成功」の裏側

2020年10月12日(月)11時10分
佐藤大介(共同通信社記者)

たとえ村人の中に野外で用を足している人がいたとしても、トイレを一定程度設置して、使える環境を整えたのなら「野外排せつゼロ」と宣言してもいい。それが、アンダンプラ村が「野外排せつゼロ」を宣言できた理屈だった。驚いたのは、その「理屈」はベニウェルが勝手に思いついたのではなく、政府の担当者から説明されていたという点だ。事実をねじ曲げた「誇張」は、政府のお墨付きだったのだ。そうなってくると、モディが高らかに宣言したインド全土での「野外排せつゼロ達成」は、ずいぶんと怪しくなってくる。

トイレ設置が進んでも野外排せつが減らない

そうした疑念を裏付けるデータがある。経済問題を扱うインドの非政府組織(NGO)「r.i.c.e.(Research Institute for Compassionate Economics)」が、四つの州を対象にして行ったトイレの設置や使用状況、野外排せつに関する調査だ。r.i.c.e.が調査を実施したのは東部ビハール州、中部マディヤプラデシュ州、北部ウッタルプラデシュ州、そしてアンダンプラ村のある西部ラジャスタン州。いずれも農村部が多いエリアで、この4州がインド全体の農村部人口の約4割を占めている。「スワッチ・バーラト」がスタートした2014年と、ゴール間近い2018年の2度にわたって調査を行っており、農村部でトイレ普及がどれだけ進んでいるか、その傾向を知ることができるというわけだ。

最も興味深いのは、2018年の段階で4州の人口の44%が、依然として野外排せつを行っていたというデータだ。2014年は70%だったことを考えると、4年間で大きく減少したことは間違いない。だが、ビハール州以外の3州は、2018年の時点で早々と「野外排せつゼロ」を宣言してしまっている。野外排せつをする人が減少しているのは事実だとしても、一気に「ゼロ宣言」まで行ってしまうのは、さすがに行き過ぎだろう。

2014年に「野外排せつをしている」と回答したのは、ラジャスタン州の76%を筆頭に、ビハール州(75%)、マディヤプラデシュ州(68%)、ウッタルプラデシュ州(65%)で、いずれも6割以上を示していた。その割合は、2018年にはマディヤプラデシュ州で25%、ウッタルプラデシュ州では39%にまで減少しているものの、ラジャスタン州は53%、ビハール州が60%と、この2州では依然として高い水準を維持している。アンダンプラ村で多くの男性がいまだに外で用を足していることを考えれば、この数字は決して実態とかけ離れたものとは言えないだろう。

r.i.c.e.は報告書の中で、「スワッチ・バーラト」によって野外排せつをする人が減る効果が出ているとしながらも、「(スワッチ・バーラトの)ウエブサイトはトイレの普及を大げさに見せている。野外排せつを2019年10月2日までに根絶できないのは、ほとんど明らかだ」と言い切っている。この調査で興味深いもう一つの点は、家庭へのトイレ設置が進んでも、野外排せつが減ることには直結していないことだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア失業率、5月は過去最低の2.2% 予想下回る

ビジネス

日鉄、劣後ローンで8000億円調達 買収のつなぎ融

ビジネス

米の平均実効関税率21%、4月初旬の半分以下 海運

ワールド

マクロスコープ:防衛予算2%目標、今年度「達成」か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中