トイレを作っても野外排泄をやめない男たち... インドのトイレ改革「成功」の裏側
自分では使わないのに、なぜトイレをつくったのか。それは妻のプレムアティ(45)が望んだからだった。
「政府が『女性のためにトイレをつくろう』と宣伝しているので、妻がそれに感化されてしまったのですよ」
苦笑いしながら話すサイニの傍らで、プレムアティは恥ずかしそうな表情を浮かべていた。
「どうしてトイレをつくってほしいと思ったのですか」
「政府がトイレをつくろうと呼びかけているのを見て、トイレのある暮らしをしてみたいと思ったのです」
「外で用を足すのとは違うでしょう」
「そうですね。外だと周りの目も気になります。トイレをつくって最初はどうやって使うのかわからなかったのですが、今はもうすっかり慣れました」
プレムアティは、話し終えると照れたような笑みを見せた。近隣の女性たちも、サイニ宅のトイレを使いに訪れるという。村の男性たちにとっては負担にしか感じないトイレの設置も、女性たちには生活だけではなく、気持ちの変化をもたらすきっかけとなっていたのだ。
「野外排せつゼロ」のカラクリ
一方で、当然ながら湧いてくる疑問がある。ほとんどの男性が野外で用を足しているのにもかかわらず、なぜアンダンプラ村は「野外排せつゼロ」を宣言したのかという点だ。その疑問を確かめるために、村人から住所を聞き、村長のチャンドラパル・ベニウェル(47)の自宅を訪れた。
ベニウェルは、キビ農家を営む傍ら、アンダンプラ村など三つの村長を務めている。アポなしで訪れたのにもかかわらず「インドのトイレについて取材をしている」と話すと、庭にテーブルと椅子を用意し、紅茶を振る舞いながら対応してくれた。高級そうなサングラスと腕時計を身につけ、右手の薬指にはゴールドの指輪が光っている。村の男性たちとは違って、どこかこざっぱりとした印象だ。
ひととおり日本の話題やインドでの生活、アンダンプラ村の印象などを話した後、単刀直入に尋ねてみた。
「アンダンプラ村では多くの人が、いまだに野外で用を足しています。それなのに、アンダンプラ村が『野外排せつゼロ』というのは、実態と違うのではないですか」
外国人記者に余計なことを聞かれたと、顔をしかめられるのではないかと思ったが、それは杞憂だった。ベニウェルは顔色を変えるわけでもなく、当然のことといった表情で「まだ多くの人が野外で用を足しているのは事実です」と、あっさり認めてしまったのだ。
「いろいろな形でトイレを設置して使うように指導しているのですが、なかなか時間がかかりますね。トイレの数は少しずつですが増えています。もちろん、日本から見たらまだまだだと思うかもしれませんが、トイレのなかった村からすると大きな進展なのですよ」
ベニウェルはそう笑いながら話し、悪びれているような様子はまったくない。