溺死した男児の写真から5年──欧州で忘れられた難民問題
WHERE’S THE “EXTRA COMPASSION”?
今は大半の先進諸国が新型コロナウイルスのせいで深刻な景気後退にあえいでいるから、移民への反感は募るばかり。だからこそ移民・難民の支援団体は、難民の「数」だけでなく「顔」を見てくれと訴える。
取材に応じたアブラは言う。「最初は何も分からなかった。父は私を密航業者に引き渡したが、密航業者という言葉の意味も知らなかった。彼らが家にやって来て、父からは彼らの言うとおりにしろと命じられた。出発したのは深夜の1時か2時だった。怖かった。車で2カ月くらいかけて、パキスタンやイラン、トルコなどを走り抜けた。着いた国はアメリカだと思ったが、イギリスだと教えられた。ロンドンという地名しか知らなかったが、そこはマンチェスターだった。2007年からここにいる。今ではここが私の国だ」
世論調査会社のユーガブが8月に行った調査では、英国民の半数近くは不法移民に同情的ではない。「海峡を渡る密入国者の数は驚くほどで、受け入れ難いほど多い。恥ずべき数字だ」と、パテル内相はツイートした。「フランスなどのEU諸国は安全だ。そうした国で難民申請すればいい。イギリスに来るために命を懸け、法律を破るのは無駄だ」
本当に戻りたいのは祖国
欧州大陸からの密航者を嫌う人たちも、イギリスは道義的責任を果たしていると主張する。「イギリスが2017年と18年に自国に受け入れた人の数はEUで一番多い」と、メフメトは言う。
受け入れた人数に限れば、確かにそのとおり。だが難民認定の申請件数となると、17年にはEUで5番目、2018年には4番目だった。
しかし、とメフメトは言う。「イギリスは頑張っている。難民申請の正当な理由がある人に背を向けてはいない。ただし、一定の秩序は必要だ。そうでないと、世界中から何百万もの人が押し寄せて来る」
そうとは限らない。誰もがイギリスに住みたいわけではない。2018年にイギリスで難民申請をした人の数はEU全体の6%にすぎない。
では、5年前にアランの写真が引き起こした「特別な共感」とは何だったのか。当時の人は、そして当時の政府は、あの写真をスキャンダラスに使った新聞やテレビに踊らされただけなのか。
そうではないと信じたい。今は地球上の100人に1人が、自分の意に反して祖国を追われ、さまよっている時代。この人たちが本当に望んでいることは何なのか。