最新記事

欧州難民危機

溺死した男児の写真から5年──欧州で忘れられた難民問題

WHERE’S THE “EXTRA COMPASSION”?

2020年10月2日(金)16時00分
アレックス・ハドソン

magf201001refugee3.jpg

トルコ国境を越えようとする人々に催涙ガスを浴びせるギリシャの治安部隊(2020年3月) ONUR COBAN-ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

「生きるためだった」と、2007年にアフガニスタンを脱出してイギリスに来たアブラ(身の安全のため仮名)は言う。「誰だって家族や友人とは別れたくない。私はおじが殺されて国を出た。身を守るには逃げるしかないと、父に言われた。13歳か14歳の頃だった」

コロナ不況で厳しい目が

世間の人は、外国からの不法入国者が経済移民か正当な難民であるかを、もっぱらメディアの報道を通じて区別している。難民なら手を差し伸べる対象だが、経済移民ならヨーロッパの人から「雇用を奪い」、文化を変容させる迷惑な存在ということになる。

「ギリシャの島々にアフガニスタンの人たちが流れ着いた2015年末に、私は現地にいた。彼らは難民と認定され、地元民にもそう呼ばれていた」と、LSEのジョージャウは言う。「でも翌年3月に戻ると、彼らの身分は経済移民になっていて、アフガニスタンは安全な国とされていた」誰が「よい難民」で、誰が「悪い難民」なのか。誰が「不法滞在者」や「経済移民」で、誰が「本当の難民」なのか。その解釈は時代の空気でがらりと変わる。

「2015年には移民か難民かという議論があった」と、ジョージャウは言う。「難民なら助けるが、そうでなければ溺死してもいいという雰囲気だった。ところが今は、本来の難民にもネガティブな印象を抱く人がいる。政治の世界に『こっちの責任ではない。それなのになぜ、こっちに来るんだ?』という空気があるからだ」

そんな空気の下で、入管当局者は身分証明書もない人々をどう振り分ければいいのか。

「迫害の恐れが確かにあれば、亡命は認められる」と、メフメトは言う。「貧困から抜け出し、快適な生活を送りたいために国を出たのなら、その気持ちは理解できるが、本当の意味の難民ではない。経済移民でも何でもいいが、ともかく非合法だ」

メフメトは、そんな不法移民がイギリスに100万人以上いると断言する。だがオックスフォード大学移民研究所のロブ・マクニール副所長によれば、その数字はおおまかな推定にすぎない。「そもそも政府にはデータがない。持っていたとしても公表しない。だから不法な出入国者の数を割り出す手だてがない」

昨年のイギリス総選挙で移民問題は争点にならなかった。国民の間に「問題は解決済み」という意識が広がっていたからだ。イギリスにはEU離脱が迫っていて、政府がいずれ「国境管理を厳しくする」のは当然と考えられていた。

ところが、イギリスへの密航者は増えている。正確な数は不明だが、今年だけで既に4000人以上とされる。それでもEU全体の新規難民申請数は昨年の数字で約62万件だから、イギリスへの密航者数はその0.6%程度にすぎない。

2008年の金融危機以降、どの国でも移民への風当たりは強くなっている。学術誌「移民比較研究」には一般論として、不況時に移民は歓迎されないとの報告がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発、対日関税巡り最悪シナリオ回避で安心

ビジネス

午後3時のドルは146円付近で上値重い、米の高関税

ビジネス

街角景気6月は0.6ポイント上昇、気温上昇や米関税

ワールド

ベトナムと中国、貿易関係強化で合意 トランプ関税で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中