溺死した男児の写真から5年──欧州で忘れられた難民問題
WHERE’S THE “EXTRA COMPASSION”?
「生きるためだった」と、2007年にアフガニスタンを脱出してイギリスに来たアブラ(身の安全のため仮名)は言う。「誰だって家族や友人とは別れたくない。私はおじが殺されて国を出た。身を守るには逃げるしかないと、父に言われた。13歳か14歳の頃だった」
コロナ不況で厳しい目が
世間の人は、外国からの不法入国者が経済移民か正当な難民であるかを、もっぱらメディアの報道を通じて区別している。難民なら手を差し伸べる対象だが、経済移民ならヨーロッパの人から「雇用を奪い」、文化を変容させる迷惑な存在ということになる。
「ギリシャの島々にアフガニスタンの人たちが流れ着いた2015年末に、私は現地にいた。彼らは難民と認定され、地元民にもそう呼ばれていた」と、LSEのジョージャウは言う。「でも翌年3月に戻ると、彼らの身分は経済移民になっていて、アフガニスタンは安全な国とされていた」誰が「よい難民」で、誰が「悪い難民」なのか。誰が「不法滞在者」や「経済移民」で、誰が「本当の難民」なのか。その解釈は時代の空気でがらりと変わる。
「2015年には移民か難民かという議論があった」と、ジョージャウは言う。「難民なら助けるが、そうでなければ溺死してもいいという雰囲気だった。ところが今は、本来の難民にもネガティブな印象を抱く人がいる。政治の世界に『こっちの責任ではない。それなのになぜ、こっちに来るんだ?』という空気があるからだ」
そんな空気の下で、入管当局者は身分証明書もない人々をどう振り分ければいいのか。
「迫害の恐れが確かにあれば、亡命は認められる」と、メフメトは言う。「貧困から抜け出し、快適な生活を送りたいために国を出たのなら、その気持ちは理解できるが、本当の意味の難民ではない。経済移民でも何でもいいが、ともかく非合法だ」
メフメトは、そんな不法移民がイギリスに100万人以上いると断言する。だがオックスフォード大学移民研究所のロブ・マクニール副所長によれば、その数字はおおまかな推定にすぎない。「そもそも政府にはデータがない。持っていたとしても公表しない。だから不法な出入国者の数を割り出す手だてがない」
昨年のイギリス総選挙で移民問題は争点にならなかった。国民の間に「問題は解決済み」という意識が広がっていたからだ。イギリスにはEU離脱が迫っていて、政府がいずれ「国境管理を厳しくする」のは当然と考えられていた。
ところが、イギリスへの密航者は増えている。正確な数は不明だが、今年だけで既に4000人以上とされる。それでもEU全体の新規難民申請数は昨年の数字で約62万件だから、イギリスへの密航者数はその0.6%程度にすぎない。
2008年の金融危機以降、どの国でも移民への風当たりは強くなっている。学術誌「移民比較研究」には一般論として、不況時に移民は歓迎されないとの報告がある。