香港の挽歌 もう誰も共産党を止められないのか
‘NOBODY CAN SAY NO TO BEIJING’
雨傘運動で有名になった香港衆志のもう1人の共同創設者が周庭(アグネス・チョウ)だ。彼女も昨年逮捕されており、羅と同様に最初に標的にされる活動家の1人だ(周も香港衆志からの脱退を表明)。
多くの活動家が香港を逃れようとする可能性が高いことについて、彼女は「大きな絶望を感じている」と本誌に語った。実際に国家安全法の導入が発表された翌日、香港ではグーグルで「移民」や「台湾」という語の検索が急増した。
それでも周は移住など考えていない(たとえ望んでも、昨年の逮捕を受けて国外への渡航は禁じられている)。「あれだけ強大な力を持つ体制と闘うのは簡単なことではない」と、彼女は言う。「でも私は、ここに残って何かをしたい。それが私の最後の闘いになるとしても」
香港の民主活動家たちは今、「水になれ」を合言葉に分散型の活動を展開している。これは1970年代にブルース・リーが出演したアメリカのテレビドラマ『復讐の鬼探偵ロングストリート』に出てくる「姿も形も定まらぬ水のごとくあれ」という名ぜりふから生まれた言葉だ。リー扮する武術の達人は言ったものだ。「水は流れもすれば、よどみもする。滴りもすれば、激しくぶつかることもある。友よ、水になれ」
これをヒントに、若者たちは変幻自在な抗議行動を生み出した。最新のデジタル技術を用いて機動性と適応力を高め、警官隊の裏をかく行動を展開した。誰かが指示するのではなく、みんなで決め、みんなで動くスタイルだ。こうなると警察は指導者を特定しにくく、有力メンバーを逮捕するのも難しい。圧倒的な警察力を誇る中国政府を敵に回して戦うには、これしかない。
中国本土に比べたらずっと大きな自由が許されたことで、香港では言論の自由や独立した司法制度に支えられた活気あふれるビジネス社会が維持され、それが多くの企業や投資家を引き付けてきた。国家安全法はそうした自由を、ひいては香港の価値を損なう可能性がある。
そうなれば、中国もまた打撃を受けることになる。香港は中国本土の市民に(本土では享受できない)教育や娯楽、経済活動のさまざまな機会を提供している。
本土の子供2万7000人が毎日香港の学校に通い、本土にはないイギリス的な教育システムで学んでいる。香港を訪れる観光客の8割は本土の人だ。彼らは外国の高級ブランド品に加えて、本土製よりも安全とされる香港製の粉ミルクなどを目当てに買い物にやって来る。
反中国の抗議デモが吹き荒れた昨年も、本土の投資家たちは香港の株式市場に半年足らずで200億ドル近くを投じていた。しかし中国経済の減速や新型コロナウイルスのパンデミックによる予測不能な未来、さらに米中貿易戦争や米大統領選をにらんで混乱がひどくなりそうな見通しから、最近は香港の不動産を買う中国人はほとんどいない。
アメリカはどう出るのか
イギリス領だった時代に築かれた香港の独自性は、本土の人々にとって大きな魅力だった。しかし楊に言わせれば、中国政府はその歴史的な資産を犠牲にしても、本土との一体性を高めることに決めた。「香港は150年以上かけて今の地位を築いてきた。その土台にあるのが自由だ。それが失われたら、香港は終わりだ」と、楊は言う。