最新記事

Black Lives Matter

ブラック・パンサーの敗北がBLM運動に突き付ける教訓

THE LONG HISTORY BEHIND BLM

2020年7月8日(水)06時35分
マルコム・ビース(ジャーナリスト)

magSR20200708longhistorybehindblm-3.jpg

今年6月、首都ワシントンでBLM運動の参加者を取り締まる警察 LEAH MILLIS-REUTERS

連邦機関の徹底した監視

ジョージ・フロイドが殺された事件がきっかけでBLM運動が世界中に広がったように、17歳のハットンが殺されたことで、ブラック・パンサーは全米各地に支持を広げた。だがそのためにフーバーの怒りを買うことにもなった。

「奴の憎悪は興味深いものだった」と、サトゥルは言う。「奴は知的な黒人を心底憎んでいた」

ブラック・パンサーのメンバーは「あまりに知識豊富、あまりに高慢」でフーバーの手に負えなかったと、サトゥルはみる。「彼らが驚いたのは、われわれが外国に支部を置いたこと。黒人がこれほど組織的な団体を結成し、どの地域のどの民族集団にも共有されるような運動課題を設定するなど思ってもいなかった」

ブラック・パンサーは、設立後間もなく世界中に支部を持つようになった。「誰もが受け入れられるような理念をまとめたからだ」と、サトゥルは誇る。

取り締まる側にも彼らなりの理念があり、それは今でも通用している。フーバーの号令の下FBIは情報収集や秘密工作を精力的に進めた。「FBIの監視網は広大だ」と、公民権運動の歴史に詳しいバージニア大学のケビン・ゲインズ教授は言う。「フーバーは公民権運動や黒人解放運動は体制転覆を目指す運動だと思い込み、特に憎悪を燃やした」

FBIの公式のメモでは、穏健か過激かを問わず、黒人組織は全て「ヘイト」団体に分類されていたと、ゲインズは言う。黒人組織内部や組織同士の対立を促すため密告者や工作員が送り込まれた。とりわけブラック・パンサーの監視と内部工作にはあらゆる連邦機関が駆り出された。

「あらゆる連邦機関が隠然と、または公然と、法すれすれの秘密作戦も行い、ブラック・パンサーつぶしに一丸となった」と、サトゥルは言う。「今の国土安全保障体制の枠組みはまさにこれを引き継いでいる」

ニューヨークに本拠を置く人権擁護団体「憲法上の権利センター」のビンス・ワレンら人権擁護派に言わせると、BLM運動に対するトランプ政権の監視は、最盛期のブラック・パンサーに対する監視とそっくりだ。FBI、国土安全保障省、各地域の警察は「憲法修正第1条で明確にその自由を保障された政治的発言を監視するため、高度に軍事化されたテロ対策的なアプローチ」を取っていると、ワレンは警告する。

BLM運動が今後どうなるかは予断を許さない。ブラック・パンサーはFBIの絶え間ない嫌がらせや警察による一部幹部の超法規的な殺害、内輪もめに加え、ニュートンが1974年に売春婦を銃で撃ち、致命傷を負わせる事件を起こしたこともあり(不起訴になった)、徐々に影響力を失って1982年に活動を停止。ブラック・パンサーの名を継いで新たに結成された組織もあるが中身は別物で、人権団体「南部貧困法律センター」から「ヘイト集団」と見なされている。

【関連記事】コロナ禍なのにではなく、コロナ禍だからBlack Lives Matter運動は広がった

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮が短距離弾道ミサイル発射、日本のEEZ内への

ワールド

中国、総合的な不動産対策発表 地方政府が住宅購入

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ビジネス

中国平安保険、HSBC株の保有継続へ=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中