最新記事

新型コロナウイルス

感染第1波で医療崩壊の悪夢を見たアメリカは、第2波を乗り切れるのか

“We Didn’t Know What We Know Now”

2020年7月22日(水)19時00分
アダム・ピョーレ

magw200722_coronavirus3.jpg

マスクをしても顔が分かるような工夫も(ヒューストンで) GO NAKAMURA-BLOOMBERG/GETTY IMAGES

ニューヨークにあるコロンビア大学医療センターでも、医療スタッフの安全が確保されていたからこそ、医師たちは積極的に気管切開手術を行えるようになった。気管切開を行えば患者を人工的な昏睡状態から解放でき、理学療法で患者の体力回復を早める措置も可能になる。ただしウイルスの飛散やエアロゾル化による医師や看護師への感染リスクが伴う。だからスタッフの安全確保が大前提だ。

これまでのところ、感染第1波での経験と適切な予防措置で、状況はおおむね改善されている。5月半ばにニューヨーク州のアンドルー・クオモ知事はニューヨーク市内の状況について、市民の約20%は新型コロナウイルスの抗体を保有しているが医療スタッフでは約12%だと報告している。医療スタッフの安全が守られている証拠だろう。

一方、他州の医師たちもニューヨークなどの先行事例を注視していた。テキサス州のメソジスト病院は、効果的な防護服や防護具についてフロリダ州の医療従事者から助言を得た。中国の知人から送られてきた画像を同僚らに見せた臨床医もいる。患者に挿管する際、ウイルスの飛散から身を守る道具を手作りする方法を示す画像だった。

現場の医師たちは、患者の激増でパンク寸前に追い込まれたマンハッタンの悪夢からも、貴重な臨床上の知見やヒントを得ていた。

バナー大学病院のグラスバーグにとって重要な転機となったのは、ニューヨークの医療機関の第一線で働く医師たちとの電話会議だ。4月5日の電話会議で、マウント・サイナイ病院の勤務医チャールズ・パウエルは、多くの患者に小さな血栓ができていることを示す解剖データを発表した。こうした血栓は患者に壊滅的なダメージを与え、死につながる例も多いという。パウエルらはこれにヘパリンなどの抗凝固薬を投与し、大きな成果を上げていた。

このときパウエルは、ステロイド剤の使用にも言及していた。ステロイド剤は従来から、急性の重篤な呼吸器疾患に対して用いられていたが、その是非については意見が割れていた。ステロイド剤の投与には極めて高いリスクが伴うからだ。

賛成派は、新型コロナの重症者では免疫系の暴走(いわゆるサイトカイン・ストーム)で死に至る例があり、その場合には免疫系の抑制にステロイド剤が有効だと論じていた。しかし、ただでさえ未知のウイルスに侵されている患者に免疫抑制剤のステロイドを投与するのは無謀だという反論もあった。

それでもパウエルの発表を聞いた翌日、グラスバーグらは院内の新型コロナ対応プロトコルを変更し、治療に抗凝固薬とステロイド剤を積極的に用いることを決めた。

現時点で、この判断は正しかったように思える。3月半ばに担ぎ込まれた母子の後にも、ナバホ族やユマ族などの先住民居留区からは続々と患者が運ばれてきていた。居留区で新たな感染爆発が起きているのは明らかだった。

【関連記事】日本で医療崩壊は起きるのか? 欧米の事例とデータに基づき緊急提言
【関連記事】「恐怖の未来が見えた」NYの医師「医療崩壊」前夜を記す日記

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

資産差し押さえならベルギーとユーロクリアに法的措置

ワールド

和平計画、ウクライナと欧州が関与すべきとEU外相

ビジネス

ECB利下げ、大幅な見通しの変化必要=アイルランド

ワールド

台湾輸出受注、10カ月連続増 年間で7000億ドル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 7
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 8
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 9
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中