コロナ後の旅行を再開する「トラベル・バブル」構想に死角あり
Welcome to a World of Bubbles
完全なトラベル・バブルの実現にはさらに複雑な取り決めが必要になるはずだ。バブルを導入したい国々は同レベルの疫学的条件からスタートしなければならないだろう。その上で共通のルールと広範囲のデータ共有で合意し、国ごとに異なる濃厚接触者追跡アプリを国民のプライバシーを侵害することなく相互に連携させる方法を考える必要がある。
さらに互いの国の医療システムを信頼し、ある国でアウトブレイクが起きても他の国に拡大する前に封じ込められると確信できなければならない。最後に、バブルは脆弱だ。新たなアウトブレイクが起きた場合の対応、国境再封鎖の場合に従うべきルールなど、計画どおりに事を運ぶのはオーストラリアやニュージーランドなど今のところ感染拡大を制御できている国同士でも難しい。オーストラリアとインドネシアのように感染状況が懸け離れている国同士ではほぼ不可能に思える。
新構想はより大きな地政学的現実も浮き彫りにする。とりわけ顕著なのが、中国、EU、アメリカなど超大国がルールを設定する影響力を持つ状況だ。
なかでも強いのが中国だ。中国経済が回復基調にある今、アジアの国々は広大な中国市場へのアクセスを求め、中国マネーと観光客の誘致再開に熱心だ。2国間の移動協定は既存の地政学的協定とは関係なく成立するだろう。中国は韓国との移動協定の一部を再開、日本ともじきに再開する可能性が高い。欧米で見られるようなコロナ禍後の反中ムードとはほとんど無縁の東南アジアでも、トラベル・バブルへの参加を持ち掛ければ関係強化につながるはずだ。
その結果、新たな中華圏が出現するだろう。中国を中心に、相互に移動可能なルートがクモの巣のように広がる。シンガポールなどから始まり、タイやマレーシアのように新型コロナの感染率が低い新興国に広がって、中国が商用航空便の再開を限定的に認めているドイツなど遠方の経済圏ともつながるだろう。
中国の中心性は、外交の武器になる。中国政府は既に、新型コロナの発生源や感染拡大について独立した調査を主張するオーストラリア政府に対し、貿易で報復している。
EUも、周辺地域の中心として似たような力を持つ。ギリシャが夏のオンシーズンを前に6月中旬から外国人観光客の受け入れ再開を決めるなど、国境管理は各国に委ねられているが、EUとしては、感染率の低い国から段階的に移動制限を解除するガイドラインを作成している。