最新記事

検証:日本モデル

【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠──西浦博・北大教授

THE NUMBERS BEHIND CORONAVIRUS MODELING

2020年6月11日(木)17時00分
西浦博(北海道大学大学院医学研究院教授)

感染者のうち、死亡する者の確率を意味する致死率(IFR:Infection Fatality Risk)は、小児では死亡者数が世界でも少なくて精密に分からないのでゼロとしており(後日インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究グループの発表で未成年は0.002~0.007%程度と推定)、筆者らが推定した感染者全体のIFRが0.3~0.6%で、上記インペリアル・カレッジの発表で高齢者の死亡リスクが生産年齢人口のそれの5~8倍という根拠に基づき、生産年齢人口が0.15%、高齢者は1.00%とした。

前述の諸条件を加味したSIRモデルで、日本の全ての人口が感受性を有する前提で数値計算をすると、何も対策をしなければ約80%が感染するシナリオとなる。日本における人工呼吸器の待機台数は10万人当たり約10台であり、想定されるレベルの大規模流行を許すとそのキャパシティーを超える数の重症患者が生じ、医療の機能を維持することが極めて厳しくなる。この何も対策を施さないシナリオでは、死亡者数として約42万人が想定される。

もちろん、これは「何も対策をしない」という、現実にはあり得ないシナリオであり、目を覆いたくなるような死亡者数が実際には見られなかったということはとても喜ばしいことだ。感染者数の急増を抑えることができたのは、流行対策の成功によるところが大きいと考えられる。

集団免疫を達成する条件

では次に、総人口のある一定以上が感染すれば、免疫のない人も集団として守られて流行が下火に向かう(やがて終息する)という、いわゆる「集団免疫」について考えていきたい。日本の人口のうち何割が感染すれば、感染者数を減らしていけるのだろうか。

magSR200611_Nishiura8.jpg

本誌6月9日号「検証:日本モデル」特集21ページより

まず、集団免疫が達成されるための不等式として知られるR₀の関係式がある。人口1のうち、fという比率は、自然感染するか予防接種などによって免疫を保持するとする(これは全ての接触のうち無効な接触の比率となる)。そのとき、残っている感受性者の人口(1-f)だけで感染が起こるとすると、その人口における再生産数は(1-f)R₀ になる。これが1を下回れば流行は起こらなくなり、1を下回るときのfを臨界割合と呼ぶ。時にこの臨界割合は、「集団免疫閾値(いきち)」と表現されることがある。それは以下のように記述される:f >1-1/R₀

この式が意味するのは、年齢群別の異質性などを気にしない場合、人口の約60%が免疫を獲得すれば流行が自然に下火になる、というものだ。累積感染率(人口中で既に感染した者の比率を積み上げた値)が60%に至ると、実効再生産数がちょうど1になるという数値だ。流行当初、イギリス政府が「国民の60%が感染すれば集団免疫が達成できる」と発表し、「集団免疫戦略」と呼ばれた政策も、その基本はこの単純な計算式に基づいている。

ところが、多くの新興感染症では同じ程度のR₀でも、感受性者に対して感染が成立する比率はそこまで高くはならないのが普通だ。船内検疫を実施して予防を行ったという特殊な状況であるとはいえ、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号でさえ、一連の全ての過程を通じた感染率は19.2%だった。スウェーデンのように集団免疫を目指した地域でも、結果的には60%未満になりそうである(ただし40%は超えそうだ)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=続伸、ダウ664ドル高 利下げ観測高

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、精彩欠く指標で米利下げ観測

ワールド

ウクライナ、和平合意へ前進の構え 米大統領「意見相

ワールド

FBI、民主6議員に聴取要請 軍に「違法命令」拒否
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中