【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠──西浦博・北大教授
THE NUMBERS BEHIND CORONAVIRUS MODELING
感染者のうち、死亡する者の確率を意味する致死率(IFR:Infection Fatality Risk)は、小児では死亡者数が世界でも少なくて精密に分からないのでゼロとしており(後日インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究グループの発表で未成年は0.002~0.007%程度と推定)、筆者らが推定した感染者全体のIFRが0.3~0.6%で、上記インペリアル・カレッジの発表で高齢者の死亡リスクが生産年齢人口のそれの5~8倍という根拠に基づき、生産年齢人口が0.15%、高齢者は1.00%とした。
前述の諸条件を加味したSIRモデルで、日本の全ての人口が感受性を有する前提で数値計算をすると、何も対策をしなければ約80%が感染するシナリオとなる。日本における人工呼吸器の待機台数は10万人当たり約10台であり、想定されるレベルの大規模流行を許すとそのキャパシティーを超える数の重症患者が生じ、医療の機能を維持することが極めて厳しくなる。この何も対策を施さないシナリオでは、死亡者数として約42万人が想定される。
もちろん、これは「何も対策をしない」という、現実にはあり得ないシナリオであり、目を覆いたくなるような死亡者数が実際には見られなかったということはとても喜ばしいことだ。感染者数の急増を抑えることができたのは、流行対策の成功によるところが大きいと考えられる。
集団免疫を達成する条件
では次に、総人口のある一定以上が感染すれば、免疫のない人も集団として守られて流行が下火に向かう(やがて終息する)という、いわゆる「集団免疫」について考えていきたい。日本の人口のうち何割が感染すれば、感染者数を減らしていけるのだろうか。
まず、集団免疫が達成されるための不等式として知られるR₀の関係式がある。人口1のうち、fという比率は、自然感染するか予防接種などによって免疫を保持するとする(これは全ての接触のうち無効な接触の比率となる)。そのとき、残っている感受性者の人口(1-f)だけで感染が起こるとすると、その人口における再生産数は(1-f)R₀ になる。これが1を下回れば流行は起こらなくなり、1を下回るときのfを臨界割合と呼ぶ。時にこの臨界割合は、「集団免疫閾値(いきち)」と表現されることがある。それは以下のように記述される:f >1-1/R₀
この式が意味するのは、年齢群別の異質性などを気にしない場合、人口の約60%が免疫を獲得すれば流行が自然に下火になる、というものだ。累積感染率(人口中で既に感染した者の比率を積み上げた値)が60%に至ると、実効再生産数がちょうど1になるという数値だ。流行当初、イギリス政府が「国民の60%が感染すれば集団免疫が達成できる」と発表し、「集団免疫戦略」と呼ばれた政策も、その基本はこの単純な計算式に基づいている。
ところが、多くの新興感染症では同じ程度のR₀でも、感受性者に対して感染が成立する比率はそこまで高くはならないのが普通だ。船内検疫を実施して予防を行ったという特殊な状況であるとはいえ、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号でさえ、一連の全ての過程を通じた感染率は19.2%だった。スウェーデンのように集団免疫を目指した地域でも、結果的には60%未満になりそうである(ただし40%は超えそうだ)。