最新記事

検証:日本モデル

【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠──西浦博・北大教授

THE NUMBERS BEHIND CORONAVIRUS MODELING

2020年6月11日(木)17時00分
西浦博(北海道大学大学院医学研究院教授)

magSR200611_Nishiura3.jpg

欧米のような感染爆発が起きずに済んだが(5月28日、新宿) PHOTOGRAPH BY HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

実は、集団免疫閾値はともかくとして、年齢構造などを無視した単一集団でのSIRモデルによる累積感染率は、実際のそれよりも高くなる傾向があることは過去に広く知られてきた。

同じR₀でも、年齢や社会構造、接触ネットワークを加味することで累積感染率は小さくなるからだ。そしてそれは、集団免疫閾値についてもそうかもしれないと考えられてきた。上記の1-1/R₀ は同質性を仮定しているため、年齢や環境による異質性(ヒトによって異なる振る舞いをする性質)を加味すれば、累積感染率が60%よりも低い値で集団免疫閾値に至ることはあり得るとは思われてきた。

集団免疫閾値の新たな知見

COVID-19のように未知のウイルスの場合、感染症の流行初期にはデータが少なく分からないことも多い。だが、現在のパンデミックにおける集団免疫の閾値に関しては、4月27日に査読前の医学系論文を掲載するサイト「medRxiv」に発表された英リバプール熱帯医学学校のガブリエラ・ゴメスらによる論文〔注2〕で流行を通じて初めて修正するアイデアが提示された。

例えば、日本におけるクラスター対策では1人当たりの感染者が生み出す2次感染者数にはバラつきが大きく、屋内の密な接触を伴う環境での2次感染者数が多いことに注目してきた。そのような個体レベルで認められる伝播の異質性を「個体別異質性」と呼ぶが、それを加味した場合の集団免疫閾値は、単一集団で計算するよりも低くなることが最近になってやっと示された。

その計算をするために、集団免疫閾値を「2回目の流行が起こらない閾値」として逆算し、1-1/R₀ に頼らなければその個体別異質性を加味した計算が可能となるのだ。もしも1人当たりの感染者が生み出す2次感染者数の分布について、個体別異質性を加味した変動係数(標準偏差を平均で割ったもの)が2よりも大きいと、集団免疫閾値も20~40%程度で済む、となる。つまり、20~40%の感染によって再生産数は1を下回ることになる。

同様に、年齢別の異質性も分かってきた。1人当たりの感染者が生み出す2次感染者数が年齢によって異なることを加味しても、集団免疫閾値が40%台で大丈夫である、というような計算結果も得られた〔注3〕

これらは4月後半から5月にかけて、やっと計算されて実装されてきたものであり、このモデルによれば、従来信じられてきた60%でなく40%程度の感染で集団免疫に到達する(大規模流行は下火になる)ということになる。加えて、個体別異質性や年齢別の異質性に限らず、遺伝特性を含めて異質性の原因はあるものと疑われるため、今後もその閾値は若干変動するものと予測される。スウェーデンの数理モデルを利用した疫学的推定研究で約25%が既に感染したであろうという発表があるが、これは集団免疫閾値にかなり近づいていると捉えられる(ただし、観察時期が不明な抗体調査結果では7%のみ陽性だったという報道もある)。

――――――――――
〔注2〕Gomes GM, et al., "Individual Variation in Susceptibility or Exposure to SARS-Cov-2 Lowers the Herd Immunity Threshold," medRxiv, posted on April 27, 2020
〔注3〕Britton T, et al., "The disease-induced herd immunity level for Covid-19 is substantially lower than the classical herd immunity level," medRxiv, posted on May 6, 2020

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中