新型コロナ:「医療崩壊」ヨーロッパの教訓からいま日本が学ぶべきこと
Lessons from the European Lockdown
「集団免疫戦略」の真実
これを「集団免疫戦略」と呼ぶ人もいた。集団免疫とは、人口のある一定数以上が感染すると免疫のない人も守られて流行が収束するというものだ。予防接種事業ではよく使われ、私も途上国でどの集団に何%ワクチンを接種すれば集団免疫をつくって感染流行を収束できる、などと考えながら事業を展開していた。
新型肺炎はいまだワクチンがないので、有効な介入を実施し、リスクのある人々を守りながら、国民が少しずつ感染して免疫力を付ければ感染が収束すると考えられた。
しかし、感染症研究の世界的権威が集まるインペリアル・カレッジ・ロンドンの専門的知見がこの政治的判断を翻した。彼らが示した分析は、もし何も対策を取らなければ、英国民の81%が感染して8月までに51万人が死亡し、政府が示した策でも25万人が死亡して医療制度が破綻するとのシナリオである。
これによってメディアは騒ぎだし、多くの科学者が政府の方針に異を唱え、最終的に政府の方向転換につながったようだ。
ただし、率直に言って、これらの数理モデルも必ずしも正しいとは言えない。私が統括する「グローバルファンド」の戦略情報部はインペリアル・カレッジを含め、世界の第一線の専門家と共に、3大感染症に関する流行予測、流行収束に向けたさまざまな介入の適正配分、介入に対する成果目標の設定などを行っているが、理論と現実にはかなりのずれが生じる。
これは、モデルに使うデータや仮定が国や人口集団の状況などによって異なり、またモデルに使われていない因子が多々影響するからだ。
それでも専門的知見は政治的判断に必須である。その際、評論家でも、マスコミ受けする人でもなく、対策づくりのため具体的な助言ができる真の専門家を選ぶ必要がある。
エビデンスとして確立したものとそうでないものを区別し、新たなデータや情報を分析・活用し、それぞれの地域の状況、対応能力などを考慮に入れた上で、具体的な対策や措置を議論、助言できるかどうか。これが専門的知見を政治的「決断」に生かしてもらえるかのツボだと私は思う。
ただ専門知識や独自の理論を振りかざし、政府批判や体制批判をしても、ワイドショーでは受けるだろうが、本当に効果のある対策にはつながらない。学校閉鎖、大規模イベントの禁止、渡航制限や入国制限。これらが感染拡大の抑制にどれほどの効果があるのか、誰にも分からない。
ただし、最近、中国で街を封鎖した措置などの効果について数理モデルを用いた論文が発表された。それによると、5日間前倒しして実施されていれば、感染者は3分の1に抑えられたが、5日間遅れていれば、感染者は3倍に増え4月末までに35万人以上が感染した可能性があるという。
中国の特殊な状況もあるので一研究だけでは結論付けられないが、世界中の専門家が奮闘努力しているこのような研究がエビデンスをつくり、今後の対策づくりや政治的決断を下すときの助けになっていくことを期待する。