最新記事

新型コロナウイルス

新型コロナ:「医療崩壊」ヨーロッパの教訓からいま日本が学ぶべきこと

Lessons from the European Lockdown

2020年3月29日(日)13時30分
國井修(グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕戦略投資効果局長)

「集団免疫戦略」の真実

これを「集団免疫戦略」と呼ぶ人もいた。集団免疫とは、人口のある一定数以上が感染すると免疫のない人も守られて流行が収束するというものだ。予防接種事業ではよく使われ、私も途上国でどの集団に何%ワクチンを接種すれば集団免疫をつくって感染流行を収束できる、などと考えながら事業を展開していた。

新型肺炎はいまだワクチンがないので、有効な介入を実施し、リスクのある人々を守りながら、国民が少しずつ感染して免疫力を付ければ感染が収束すると考えられた。

しかし、感染症研究の世界的権威が集まるインペリアル・カレッジ・ロンドンの専門的知見がこの政治的判断を翻した。彼らが示した分析は、もし何も対策を取らなければ、英国民の81%が感染して8月までに51万人が死亡し、政府が示した策でも25万人が死亡して医療制度が破綻するとのシナリオである。

これによってメディアは騒ぎだし、多くの科学者が政府の方針に異を唱え、最終的に政府の方向転換につながったようだ。

ただし、率直に言って、これらの数理モデルも必ずしも正しいとは言えない。私が統括する「グローバルファンド」の戦略情報部はインペリアル・カレッジを含め、世界の第一線の専門家と共に、3大感染症に関する流行予測、流行収束に向けたさまざまな介入の適正配分、介入に対する成果目標の設定などを行っているが、理論と現実にはかなりのずれが生じる。

これは、モデルに使うデータや仮定が国や人口集団の状況などによって異なり、またモデルに使われていない因子が多々影響するからだ。

それでも専門的知見は政治的判断に必須である。その際、評論家でも、マスコミ受けする人でもなく、対策づくりのため具体的な助言ができる真の専門家を選ぶ必要がある。

エビデンスとして確立したものとそうでないものを区別し、新たなデータや情報を分析・活用し、それぞれの地域の状況、対応能力などを考慮に入れた上で、具体的な対策や措置を議論、助言できるかどうか。これが専門的知見を政治的「決断」に生かしてもらえるかのツボだと私は思う。

ただ専門知識や独自の理論を振りかざし、政府批判や体制批判をしても、ワイドショーでは受けるだろうが、本当に効果のある対策にはつながらない。学校閉鎖、大規模イベントの禁止、渡航制限や入国制限。これらが感染拡大の抑制にどれほどの効果があるのか、誰にも分からない。

ただし、最近、中国で街を封鎖した措置などの効果について数理モデルを用いた論文が発表された。それによると、5日間前倒しして実施されていれば、感染者は3分の1に抑えられたが、5日間遅れていれば、感染者は3倍に増え4月末までに35万人以上が感染した可能性があるという。

中国の特殊な状況もあるので一研究だけでは結論付けられないが、世界中の専門家が奮闘努力しているこのような研究がエビデンスをつくり、今後の対策づくりや政治的決断を下すときの助けになっていくことを期待する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、国防関係者3人の全人代資格剝奪

ワールド

米印貿易合意、3月に署名へ 印商工相が見通し

ワールド

インドネシアGDP、25年伸び率は5.11% 3年

ビジネス

独VW、中国車両の大半を小鵬と共同開発の新技術で生
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 4
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 5
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 6
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 9
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 10
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 7
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中