最新記事

サイエンス

人工ウイルスがテロ兵器になる日

The Next Big Terrorist Threat

2019年11月20日(水)16時40分
ジョーダン・ハービンジャー(ジャーナリスト)

ハッキングによってウイルス兵器の遺伝情報が盗まれる可能性もある TIM BIRD-MOMENT/GETTY IMAGES

<遺伝子編集技術の発達で強力な病原体がつくれる時代――テロリストに悪用される恐怖のシナリオを防ぐには?>

今のアメリカで最も日常的なテロの脅威と言えば、やたら高性能な銃の乱射行為だろう。しかしそう遠くない未来に、もっと広い範囲でもっと多くの人を殺せる脅威が訪れるかもしれない。感染力と致死力を人工的に強化された病原体が、世界中にばらまかれる恐怖のシナリオだ。

ベストセラー作家で未来研究家のロブ・リードに言わせると、そうした悪夢をもたらすのは「合成生物学」だ。それは生物学と工学が合体した技術で、遺伝子組み換えによる食品からスーパー殺人ウイルスまで、生命体を人工的に、お好みでつくり出す。

この10年ほどで病原体の遺伝子を改変する技術は驚異的に進化したとリードは言う。結果として、公衆衛生や地球の安全性は今までにない脅威に直面している。

リードは自称「合成生物学の大ファン」で、この技術を使えば地球温暖化を食い止めたり、人の寿命を延ばしたりできると考えている。ただし、そこには「闇の世界」の影響もあり得る。その技術が悪い人間の手に渡れば、それを用いて開発した生物兵器が人類に未曽有の打撃を与えかねないからだ。

旅客機を爆破すれば100人単位の、大型スーパーを襲撃すれば数十人単位の犠牲者が出る。ただし被害はいずれも局所的だ。しかし人工ウイルスは世界中に拡散し、猛烈な勢いで感染する。その犠牲者数は、悪くすれば億単位にもなりかねない。

SFっぽい小説やドラマの世界の話ではない。合成生物学は現に大きな成果を上げているし、一方では深刻な懸念をもたらしている。

2011年にはオランダとアメリカの研究チームがそれぞれ、致死性の高い鳥インフルエンザウイルスH5N1型のDNAを改変し、本来なら人には感染しにくいウイルスを、人から人へ感染しやすいものに変えることに成功した。

突然変異でそうしたウイルスが生まれた場合に備え、先回りして対策を講じるのが目的だった。当時、米バイオセキュリティー国家科学諮問委員会の委員長を務めていたポール・カイムは「こんな恐ろしい病原体のことは考えたくもない」と語ったものだ。

その後、クリスパー(CRISPR)と呼ばれるゲノム編集の画期的なツールが開発された。おかげで人工的に突然変異を起こさせることが容易に、しかも安上がりになった。「10年前は生物学者が束になっても不可能だった最先端のゲノム編集が、今では優秀な大学院生が2人いればできる」と、リードは言う。

闇ネットに流出の危機

しかも核兵器と違って、ゲノム編集の技術は国家の厳しい統制を受けていない。

イメージしてほしい。インフルエンザウイルスのゲノムは約1万の文字列で表すことができる。これは数枚の紙に収まる長さだ。オランダの研究チームがつくり出した鳥インフルエンザウイルスの遺伝情報はさらに短く、付箋1枚程度に収まる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

-日産、11日の取締役会で内田社長の退任案を協議=

ビジネス

デフレ判断指標プラス「明るい兆し」、金融政策日銀に

ビジネス

FRB、夏まで忍耐必要も 米経済に不透明感=アトラ

ワールド

トルコ、ウクライナで平和維持活動なら貢献可能=国防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中