人工ウイルスがテロ兵器になる日
The Next Big Terrorist Threat
リードが考える悪夢のシナリオはこうだ。
今から何年か後、野心家のウイルス研究者が一般的なゲノム編集技術を使い、感染力が水疱瘡の10倍で、死亡率はエボラ出血熱の10倍、しかも潜伏期間10カ月のスーパーウイルスを完成させる。計算上は、これだけ強力なら最初の患者に症状が出る頃までに世界中の人が感染している可能性もある。
次に、この研究者の使うコンピューターにハッカーが侵入し、この特製ウイルスの遺伝情報(脅威の生物兵器の設計図だ)を盗み出し、ネット上でひそかに売り出す。闇サイトに持ち込めば高値で売れるのは間違いない。
やがて、この遺伝情報は独裁国家や国際的なテロ組織の手に渡る。彼らは大量の殺人ウイルスを複製し、どこかの空港でばらまく。あとは、何も知らない旅行者が殺人兵器を世界中に運んでくれる。
今のところ、そうした遺伝情報に基づいて実際にウイルスを量産することは簡単ではない。しかし、時間の問題だ。あと10年か20年もすれば、DNAの合成装置は急速に普及し、大学はもちろん高校の生物実験室にまで入り込むだろう。そうなれば誰でも、遺伝情報から生物兵器をつくれるようになる。
リスクは巨大で、危機は差し迫っている。感染力を強めた人工ウイルスの出現で、世界は「生命科学の悪意ある応用」の危機にさらされていると警告するのは、英ブラッドフォード大学軍縮研究所の研究者たち。「生命科学の大規模な軍事化」という最悪のシナリオに備えるべきだとも訴えている。
リードによれば、その可能性はこれまでになく高まっている。今やアメリカ政府でさえハッキング技術の進歩に追い付けないありさまで、最新鋭ステルス戦闘機F35の技術情報を中国人ハッカーに盗まれたこともある。
「米軍がF35の秘密を守れないとしたら、大学院生が宿題で奇妙な病原体をつくったとして、それが悪意ある人物の手に渡らない保証はどこにあるか?」と、リードは問う。
合成生物学とサイバー攻撃の不幸な遭遇のリスクは、アメリカ政府も認めている。
2017年には当時の国家情報長官ダン・コーツが上院で証言し、「公衆衛生や国民の安全と繁栄に対するサイバー空間の脅威は日に日に高まっている。こうした分野の基幹インフラはサイバー技術で統合されているからだ」と指摘。サイバー攻撃の被害を拡大しかねない「潜在的に脆弱な自動化システム」に依存している限り、脅威は高まる一方だとも警告した。