最新記事

米イラン関係

米軍がイラン旅客機を撃ち落とした1988年の夏

Long Memories in Tehran

2019年8月22日(木)15時50分
トム・オコナー

「アメリカを代表して謝罪するつもりは決してない。事実関係がどうであろうと関係ない」と、そのとき現職副大統領として大統領選に臨んでいたジョージ・H・W・ブッシュ元大統領(父ブッシュ)は1988年8月の選挙集会で述べた。これは、イラン航空機撃墜事件を念頭に置いた発言と受け止められた。「私は、アメリカを代表して謝ろうというタイプの政治家ではない」と、ブッシュはきっぱり言った。

撃墜事件の数週間後、米海軍はこの出来事に関する報告書を発表。ビンセンズのウィル・ロジャーズ艦長の行動は「分別のあるものだった」と認定した。問題の航空機によりビンセンズや周辺の米艦が危険にさらされていると判断したのは無理もない、というわけだ。

政府が真実を隠蔽した?

この報告書は、「イランにも責任の一端がある」とも指摘した。米艦とイランの小型砲艦の戦闘が続く状況下で「民間の旅客機が低空を飛行することを許可した」というのが理由だ。

ロジャーズは事件の翌年までビンセンズの艦長の地位にとどまり、1990年には1987年4月~89年5月の「傑出した奉仕」を理由に表彰まで受けている。その際、旅客機撃墜への言及は全くなかった。1991年、ロジャーズは名誉除隊している。

しかし、1992年に本誌がABCテレビのニュース番組『ナイトライン』と共同で実施した調査報道により、米軍の説明とは異なる事実が見えてきた。公開された公文書、関係する艦船の映像や音声データ、そして100人以上の人たちへの聞き取り取材によれば、責任は主にロジャーズにあり、米国防総省はそれを隠蔽していたのだ。

本誌とABCの調査は、このときビンセンズがイランの領海に入り込んでいたことを突き止めた。これは明らかに国際法違反だ(イランは今年6月にアメリカの無人偵察機を撃墜したときも、その無人機がイランの領空を侵犯したと主張している)。

撃墜事件当時に米軍制服組トップの統合参謀本部議長だったウィリアム・クロウは、1992年7月の下院公聴会で隠蔽説を否定。本誌とABCを強く批判した。「ABCとニューズウィークの報道の最も非難すべき点は、ごくわずかの、しばしば誤っている情報を基に、大げさな言葉で批判を展開していることだ」

ビンセンズがイラン領海に入ったことにも問題はないと、クロウは主張した。「自衛の必要に迫られた軍用艦艇が攻撃者の国の領海に入ることは、国際法上も認められている」

1992年にこの報道が話題になったのを最後に、イラン航空655便撃墜事件は、アメリカではほとんど忘れられていた。しかし、イランの人々の間で悲劇の記憶は薄れていない。アクバリの言葉を借りれば、それは「イラン・イラク戦争の暗い時代の悲しい記憶」でもある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中