最新記事

香港デモ

香港「逃亡犯条例」改正反対デモ──香港の「遺伝子改造」への抵抗

2019年8月23日(金)16時45分
倉田徹(立教大学教授)

今回も、2月の条例改正の提案後、反対の声は各界からあがった。雨傘運動後に顕著になった、反政府側の穏健派・急進派間の路線対立はにわかに解消した。

それどころか、民主化問題では政府支持に回る財界や保守派の市民をも、反政府側がある程度味方につけた。その結果、返還後最大のデモを実現させ、政府を孤立させて、法案改正の審議停止に追い込んだのである。

デモ参加者の一つのキーワードになったのが「Be water」という言葉であった。水の如く融通無碍に、変幻自在に相手を惑わす戦術である。毎回のように形を変える、特定の指導者なきデモは、実際に政府を大いに苦しめた。この「Be water」は、かつて香港映画の大スターであったブルース・リーが語った言葉である。このようなところにも、香港のDNAが現れたのである。

Incendo_IMG_20190805_154411_(48464189857).jpg

8月5日、ゼネストと各地での集会が決行される。 新界地区・沙田のショッピングモールでの抗議活動 Studio Incendo/Wikimedia Commons

北京の「お家芸」に、デモはどう向き合うか

こうしてデモは延々続いている。雨傘運動が79日間粘ったように、デモの長期化もまた香港の「お家芸」である。しかし、今や「革命」の言葉も掲げ、統治方式の大転換まで求めるようになったデモは、北京の中央政府とも対峙せねばならない。

対する中央政府もまた「お家芸」を繰り出している。デモの一部の過激派を非難して孤立させ、市民のデモに対する反感を強めさせ、デモ参加者と市民の対立を作るとともに、中間派の多数派を味方に付ける戦術である。これは中国共産党が国民党との内戦に勝利した秘訣とされる「統一戦線」の発想である。

8月に入ってさらに過激化の度を増すデモは、何らかの失敗を機に市民に嫌われ、この北京のシナリオに沿って弱体化する可能性も少なくない。小売りや観光などを中心に、香港経済への悪影響も徐々に現れている。香港市民はどこまで、急進化するデモを受け入れるか。

香港の「遺伝子改造」の試みは、政府の想像を遥かに超える抵抗を生んだ。しかし、香港の抵抗運動が、北京の「お家芸」と対決するという最も困難な局面が、この先に待っているのである。

※当記事はジェトロ・アジア経済研究所「IDEスクエア」からの転載記事です。

[執筆者]倉田 徹
1975年生まれ。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。2003~06年に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会学域国際学類准教授を経て、立教大学法学部政治学科教授。専門は現代中国・香港政治。著書『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、共著に『香港』(張彧暋と共著、岩波新書、2015年)、編著に『香港の過去・現在・未来』(勉誠出版、2019年)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正米アップルCEOがナイキ株の保有倍増、再建策を

ビジネス

仮想通貨交換コインベース、予測市場企業を買収 事業

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持のアスフラ氏勝

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、幅広い業種で買い優勢
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中