香港「逃亡犯条例」改正反対デモ──香港の「遺伝子改造」への抵抗
今回も、2月の条例改正の提案後、反対の声は各界からあがった。雨傘運動後に顕著になった、反政府側の穏健派・急進派間の路線対立はにわかに解消した。
それどころか、民主化問題では政府支持に回る財界や保守派の市民をも、反政府側がある程度味方につけた。その結果、返還後最大のデモを実現させ、政府を孤立させて、法案改正の審議停止に追い込んだのである。
デモ参加者の一つのキーワードになったのが「Be water」という言葉であった。水の如く融通無碍に、変幻自在に相手を惑わす戦術である。毎回のように形を変える、特定の指導者なきデモは、実際に政府を大いに苦しめた。この「Be water」は、かつて香港映画の大スターであったブルース・リーが語った言葉である。このようなところにも、香港のDNAが現れたのである。
北京の「お家芸」に、デモはどう向き合うか
こうしてデモは延々続いている。雨傘運動が79日間粘ったように、デモの長期化もまた香港の「お家芸」である。しかし、今や「革命」の言葉も掲げ、統治方式の大転換まで求めるようになったデモは、北京の中央政府とも対峙せねばならない。
対する中央政府もまた「お家芸」を繰り出している。デモの一部の過激派を非難して孤立させ、市民のデモに対する反感を強めさせ、デモ参加者と市民の対立を作るとともに、中間派の多数派を味方に付ける戦術である。これは中国共産党が国民党との内戦に勝利した秘訣とされる「統一戦線」の発想である。
8月に入ってさらに過激化の度を増すデモは、何らかの失敗を機に市民に嫌われ、この北京のシナリオに沿って弱体化する可能性も少なくない。小売りや観光などを中心に、香港経済への悪影響も徐々に現れている。香港市民はどこまで、急進化するデモを受け入れるか。
香港の「遺伝子改造」の試みは、政府の想像を遥かに超える抵抗を生んだ。しかし、香港の抵抗運動が、北京の「お家芸」と対決するという最も困難な局面が、この先に待っているのである。
※当記事はジェトロ・アジア経済研究所「IDEスクエア」からの転載記事です。
[執筆者]倉田 徹
1975年生まれ。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。2003~06年に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会学域国際学類准教授を経て、立教大学法学部政治学科教授。専門は現代中国・香港政治。著書『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、共著に『香港』(張彧暋と共著、岩波新書、2015年)、編著に『香港の過去・現在・未来』(勉誠出版、2019年)など