アメリカ心理学会「体罰反対決議」の本気度──親の体罰を禁じるべき根拠

2019年6月21日(金)17時15分
荻上チキ(評論家)、高 史明(社会心理学者)

体罰を振るう親にはサポートが必要だ

体罰を肯定する人は多くいるとはいえ、それらの人々の全てが、子どもに対する暴力を無条件に肯定しているわけではないだろう。あくまで、体罰が他のしつけ方略では得られない教育上の効果を持つと信じるからこそ、子どもの短期的な快不快と、長期的な幸福とを天秤にかけ、長期的な幸福のために体罰を用いているのではないだろうか。

であるならば、長期的な幸福に害を及ぼすか、あるいは少なくとも必要ではない(他のやり方より役に立つわけではない)体罰を用いるのは、正当化できないはずだ。

もちろん、ただキレて殴ったことや、支配欲を満たすために叩いたことについて、正当化するために「教育効果」にすがっている者もいるだろう。そうした人にも、代替案を提示することは重要だと言える。

アメリカ心理学会以外にも、米国医師会、米国小児科学会、米国疾病管理予防センターなど、多くの学会や専門家機関が体罰に反対する声明を出している(American Psychological Association, 2019)。

また、日本でも例えば、日本行動分析学会(2014)や日本スポーツ法学会(2013)などが、体罰に反対する声明を出している。前者は親だけでなく、教員やスポーツ指導者などによる体罰を、後者は主にスポーツ指導者による体罰を念頭に置いている。

体罰反対・体罰禁止というのは、当然ながら「しつけ」、つまり子供への教育的な介入そのものを否定するものでは全くない。保守系の政治家やメディアが、体罰を否定すれば教育的介入そのものが禁じられるかのようなリアクションを示すが、それはある意味で、教育のオプションの多様さが認知されていないことを示唆するものでもある。

体罰には親が期待する、他のしつけ方略では得られないような効果はないこと。効果があったとしても子どもの権利を踏みにじっていること。体罰が虐待にエスカレートしうること。体罰以外により適切な手段があること。体罰を振るってしまいがちな親には社会的・心理的なサポートが必要なこと。

こうしたことを踏まえた上で、より良い教育手段を共有し、子どもに関われるようにすることは、多くの者が望ましいと考えるだろう。

また、現在、国会で議論されているのは、あくまで児童虐待という文脈での、親による体罰の禁止である。今後はさらに、教師やコーチなどの大人による体罰を巡っても、踏み込んだ議論が必要となるだろう。さらに、体罰だけでなく、「羞恥刑」「連帯責任」など、教員や上司による不適切な指導も同様だ。

科学者は今、その知見を提供し、人々と適切に連帯することで、科学的根拠に基づいた政策提言を求めつつある。政治が今行うべきことは、誤った手段を規制することに加え、より良いオプションを社会に浸透させるための責務を果たすことだ。体罰規制のその先を見据えた議論のため、科学的根拠に基づく政治を一歩ずつ進めて欲しい。

引用文献:
・American Psychological Association. (2019). Resolution on physical discipline of children by parents. Retrieved February 26, 2019, from https://www.apa.org/about/policy/physical-discipline.pdf
・朝日新聞デジタル(2019年2月18日) 親の体罰「法律で禁じる方がよい」46% 朝日新聞調査. Retrieved June 19, 2019 from https://www.asahi.com/articles/ASM2L3K6WM2LUZPS002.html
・Day, D. E., & Roberts, M. W. (1983). An analysis of the physical punishment component of a parent training program. Journal of Abnormal Child Psychology, 11(1), 141-152. https://doi.org/10.1007/BF00912184
・Gershoff, E. T., & Grogan-Kaylor, A. (2016). Spanking and child outcomes: Old controversies and new meta-analyses. Journal of Family Psychology, 30(4), 453-469. https://doi.org/10.1037/fam0000191
・Global Initiative to End All Corporal Punishment of Children. (2019). Global report 2018: Progress towards ending corporal punishment of children. Retrieved from http://endcorporalpunishment.org/wp-content/uploads/global/Global-report-2018-spreads.pdf
・Larzelere, R. E., & Kuhn, B. R. (2005). Comparing child outcomes of physical punishment and alternative disciplinary tactics: A meta-analysis. Clinical Child and Family Psychology Review, 8(1), 1-37. https://doi.org/10.1007/s10567-005-2340-z
・Larzelere, R. E., Schneider, W. N., Larson, D. B., & Pike, P. L. (1996). The effects of discipline responses in delaying toddler misbehavior Recurrences. Child & Family Behavior Therapy, 18(3), 35-57. https://doi.org/10.1300/J019v18n03_03
・毎日新聞 (2019年2月17日)児童虐待防止:親の体罰禁止、法制化検討 「懲戒権」削除視野 政府・与党 東京朝刊
・日本行動分析学会 (2014) 「体罰」に反対する声明 Retrieved June 19, 2019, from http://www.j-aba.jp/data/seimei2014.pdf
・日本スポーツ法学会 (2013) 緊急アピール:スポーツから暴力・人権侵害行為を根絶するために. Retrieved June 19, 2019, from http://jsla.gr.jp/archives/885
・Okuzono, S., Fujiwara, T., Kato, T., & Kawachi, I. (2017). Spanking and subsequent behavioral problems in toddlers: A propensity score-matched, prospective study in Japan. Child Abuse & Neglect, 69, 62-71. https://doi.org/10.1016/j.chiabu.2017.04.002
・産経新聞 (2019年6月3日) 【主張】体罰禁止法案 「懲戒権」の廃止は慎重に 東京朝刊
・東京新聞 (2019年3月20日) 体罰の定義、線引き困難 児相設置義務化、進まず 朝刊
・戸塚宏 (n.d.) 体罰に関するQ&A Retrieved June 17, 2019, from https://web.archive.org/web/20180428021014/http://taibatsu.com/m4.html

[筆者]
荻上チキ(おぎうえ・ちき)
評論家、ラジオパーソナリティ。メディア論を中心に、政治経済から文化社会現象まで幅広く論評する。著書に『いじめを生む教室』(2018、PHP)など。TBSラジオ「荻上チキ session-22」でギャラクシー賞受賞。

高 史明(たか・ふみあき)
社会心理学者。博士(心理学)。偏見と差別、自伝的記憶、マインドセット 、ジェンダーと労働の研究などを行ってきた。著書に『レイシズムを解剖する――在日コリアンへの偏見とインターネット』(2015、勁草書房)など。2016年、日本社会心理学会学会賞(出版賞)受賞。

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