「給与所得者の保護政策はどの国でも後退している」ジグレール教授の経済講義
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<資本主義とは何か。格差の現実をどう理解すべきか。今こそ知るべきこれらのテーマについて、スイスの政治家であり社会学者ジャン・ジグレールが平易に解説する(シリーズ第1回)>
「資本主義は悪者なの?」という孫娘の素朴な疑問に、スイスの政治家で社会学者であるジャン・ジグレールはこう答える。
「まあ、資本主義が生みだした弱肉強食の理念は、根本的に打破されるべきだが、科学やテクノロジーで得た素晴らしい成果は保持されるだけでなく、向上させなければならないと思っている。人の仕事や才能、発明は我われすべての人類に共通する利益に使われるべきで、一部の人間の満足や贅沢、権力のためだけにあってはならないのだよ」
グローバル化が進む中、「格差」や「貧困」が大きな問題として取り上げられることが増えてきた。「世界人口の約半数と同じ富がわずか26人の富裕層に集中している」(国際慈善団体オックスファムの最新のレポート)といった格差の「現実」が報道されるたび、激しい反発を引き起こす。
この過酷な「現実」を、アジアの先進国に住む私たちはどう考え、どう理解すればいいのだろうか。
2000~2008年に国連の「食糧に対する権利」特別報告者を務め、実証的な研究から貧困と社会構造の関係について人道的立場から執筆活動を続けるジグレールは、そうした資本主義の「負の側面」を語るのにうってつけの人物だ。
そもそも資本主義とは何か。途上国の負債がふくらみ続けるのはなぜか。格差が「人を殺す」とはどういうことか。
こうした疑問を出発点に、できるだけ平易な解説を試みたのが、ジグレールの新著『資本主義って悪者なの?――ジグレール教授が孫娘に語るグローバル経済の未来』(鳥取絹子訳、CCCメディアハウス)だ。
ジグレールと多国籍食品企業ネスレのピーター・ブラベック=レッツマット会長がテレビ番組で討論を行い、それを観た孫娘のゾーラが「わたしには喧嘩の理由がよくわからなくて、でもおじいちゃんがけっこう怒っているのはわかったの。あれはどういうことだったの?」と質問する場面から、本書は始まる。
ここでは本書から一部を抜粋し、3回にわたって掲載する。
6 不平等、格差について
●この前の夜のテレビで、おじいちゃんは格差に対して怒り、イライラしているようだった。格差は人を殺すって......。
――そう、格差はこの地球上に住む大半の人にとって憤(いきどお)りを感じるほどの現実になっている。ここで統計の話をしても退屈するだけだから、重要な数字を2つだけあげよう。
世界銀行によると、2017年度、世界的な民間多国籍企業500社――産業、商業、サービス業、金融業すべて含めて――が、世界のGDPの52.8パーセントをたたき出している。
これはつまり、1年間に世界で生産されるすべての富――商品、特許、サービス、資本――の52.8パーセントということだ。
ところが、それらの経営陣はあらゆる管理体制を免れているのだよ。国からも労働組合、議会からもね。彼らが実践している戦略はただ1つ。利益を最短期間で、労働者の犠牲もかえりみず、最大化することだ。
これら世界の支配者は、金融でも政治でも理論でも、かつてない権力を握っている。人類の歴史上、どんな皇帝も法王も、王も持ちえなかったほど大きい力だ。
この状況が示すのが底なしの格差、犠牲者にとっては生死にかかわるほどのものだが、しかし、これが資本主義的生産様式をさらに勢いづかせている。この生産様式で富裕層の財力はつねに増えつづけ、逆に、貧困層はどんどん貧しくなっている。
この格差と、剰余価値の再配分と共有を無視することから生まれたのが、最大限効率のいい資本主義的生産様式というわけだ。ただしこれはきわめて閉鎖的な様式で、犠牲者のことなど考慮していない。