最新記事

ノンフィクション

【実話】東西冷戦の代理戦争の舞台は、動物園だった

2019年3月5日(火)16時55分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

人より動物を愛する「動物園人」たちの悲喜劇

一方のティアパルクは、その存在意義からして西を意識している。戦後のベルリンは、西半分を米英仏が、東半分を旧ソビエトが支配したが、戦前から市民の憩いの場だったベルリン動物園は西側にあった。そこで、西に負けない動物園を東にも、ということで誕生したのがティアパルクだ。

ダーテはその初代園長であり、飼育員の研修制度を整えるなど、新しい動物園のあり方を築いた人物として、現在でもその功績が知られている。著名な動物学者でもあり、「単なる獣医」に過ぎない西ベルリンのクレースのことは明らかに見下していたという。

だが、東には東の問題がある。ベルリン動物園の3倍を誇る面積を持ち、動物たちを檻の中に閉じ込めることなく、間近で見られるように工夫された展示は各方面から賞賛されたものの、社会主義という体制ゆえ、計画はすぐには実行されず、常に道半ばの状態だった。

そんな不満が思わず漏れたのか、ベルリン動物園が新しく購入した新しいゾウをお披露目する席に招待されたダーテは、ゾウが「少し貧相に見える」とケチをつけた。当然、クレースが黙っているはずがない。かくして、いい歳をした2人の園長は、ゾウの間で言葉の応酬を続けたという。

東西ベルリンの動物園に「ボスジカ」として君臨したクレースとダーテには、大きな共通点があった。2人とも根っからの「動物園人」だったのだ。つまり、人よりも動物相手のほうがうまくやっていけるタイプの人間だったということだ。

彼ら動物園人が真っ先に考えるのは動物園のことであり、その他のことは、家族も含めて全て二の次。本書によれば、「動物園が家族で、妻と子どもはおまけみたいなもの」らしい。2人の園長は文字通り、一生を捧げる使命として「動物園園長」という任に当たっていた。

市民は食糧不足の中、カバのためにキャベツを提供した

2つの動物園は、時に政治の駆け引きの舞台にもなったが、何よりも動物園のことを考える園長たちは、自分たちの動物に関係があるときだけ政治に興味を示したという。本書には、この2人以外にも、個性溢れる「動物園人」たちが多数登場する。

だが、動物園と動物を愛してやまないのは、動物園人だけではない。東西に分断されていたという状況だけでなく、ベルリン市民と動物園の特殊な関係性もまた、この物語の重要な土台を形作っている。ベルリン出身の動物園人(別の動物園園長)は、こう語っている。


大都会の人はだいたいそうですが、特にベルリン市民は人間なんかより動物を愛しているんです。(11ページ)

東西どちらの市民も「自分たちの動物園」を誇りに思い、動物たちに強い愛情を持っていた。多くの人が、食糧不足の中で自分たちが食べる分を切り詰めてでも、市民のスターだったカバのためにキャベツを提供したという。ベルリンでは、市民みなが「動物園人」なのかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国工業部門利益、25年は0.6%増 4年ぶりプラ

ワールド

焦点:尖閣諸島、日本漁船がいなくなった海 緊張危惧

ビジネス

焦点:ドル売り再び活発化、トランプ政策含め下押し材

ワールド

米国境警備隊のボビーノ司令官解任、米誌報道
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 5
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 6
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 7
    「20代は5.6万円のオートロック、今は木造3.95万円」…
  • 8
    中国、軍高官2人を重大な規律違反などで調査...人民…
  • 9
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中