最新記事

沖縄ラプソディ/Okinawan Rhapsody

辺野古「反対多数」 沖縄ルポで見えた県民分断のまぼろし

OKINAWAN RHAPSODY

2019年2月25日(月)11時20分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

magSR190225okinawa-2.jpg

小説『宝島』が飛ぶように売れている、と言う宮里ゆり子(リブロリウボウブックセンター) PHOTOGRAPH BY KOSUKE OKAHARA FOR NEWSWEEK JAPAN

magSR190225okinawa-quote1.png

本誌22ページより

当時、小学生だったツル子は妹と2人で逃げ延びたが、周囲にいた見知らぬ大人たちに集団自決の輪に加わるよう迫られた。生きて米兵に捕まっても地獄が待っていると説得された。真ん中に置かれた手榴弾が爆発し、大人たちが死んだ。妹も死んだ。彼女だけがただ1人、生き残った。

小学校の課題で、宮里が祖父母の戦争体験を聞いたとき、ツル子は涙を流し後悔の思いを語っている。「自分のせいで妹は亡くなった」。彼女は親族を頼って沖縄に戻った。

『宝島』の舞台になった戦後のコザ市(現・沖縄市)に住み、新聞を読みながら言葉と社会情勢を学んだ。免許を取得し、トラックの運転手として働きながら、3人の子供を女手一つで育て上げた。その1人が宮里の母だ。「戦後の女、ですよね。この小説の中に出てきてもおかしくない」と彼女は思う。

宮里は「勉強が嫌い」で高校をさぼって書店に入り浸り、卒業後そのまま書店員になった。36歳になった今も政治的な関心は高くない。熱心にニュースをチェックすることもなく、新聞は職場に置いてあるものを流し読むくらいだ。県民投票をめぐって、ハンガーストライキがあったことも知らない。

「基地の話は友達とはやりにくいですよね。やっぱり複雑だから」と宮里は言う。仕事が長引き、日付が変わろうという時間に帰宅する。歩いている道で米軍車両に追い越されるとき、怖さはどうしても感じてしまう。もうこれ以上の基地は要らないだろうと思う一方で、基地で働いている人の仕事はどうなってしまうのか。そう考えると、口には出せなくなる。

自分から積極的に声を上げようとは思わないが、意思を示す機会があれば行く。それが彼女のスタンスだ。

ここまで話を聞いて、彼女の言葉を支えているのは、強烈に感じている家族の歴史だったことが分かる。今、なぜ自分がここにいるのか。戦争を生き延び、戦後を生き延びた祖母から連なる歴史だ。

彼女は『宝島』を読んで、歴史を自分のものにした。「私が記録の世界だと思っていた戦後の沖縄は、おばあちゃんが生きてきた時代」なのだと。

宮里が働く書店では、面白いことに基地問題について書かれた本は政治的な立場を問わず、同じように売れていく。ある女性客は彼女に「自分と反対の意見も知らないといけない」からと言いながら「賛成派」が書いた本を手に取る。「辺野古の写真を撮ってきた」と写真を見せてくる人、「基地がないと大変なんだから」と言いながら本を買っていく人......。こうして、気が付いたときにはどちらも入荷分が棚から消えていく。「だから、どっちの意見も大事なんですよね」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中