最新記事

歴史

BTSはなぜ「原爆Tシャツ」を着たのか?原爆投下降伏論のウソ

2018年11月15日(木)13時00分
古谷経衡(文筆家)

1945年8月6日の広島原爆投下時、当日に市内に入り撮影された6枚の写真があるが、これは軍属カメラマン・松重美人氏(1925年―2005年)が軍の命令と許可によって撮影されたものである。

戦時中、一般市民が自由にカメラを携行して写真を撮ることは、防諜(スパイ防止)の観点から厳重に禁止されていた。またスケッチや風景模写も厳しく制限されていた。映像データがほとんどない当時、広島・長崎の惨状は情報の無さ故に軽視された。というより、被爆地が壊滅したために東京に送信される報告そのものがほとんど無く、詳細が不明だったのである。

よって「頼みの綱」ソ連による対日参戦―裏切り、が日本社会を絶望のどん底にたたき落とし、ポツダム宣言受諾へと向かわせしめたのだった。これが歴史の事実である。すなわち、「原爆によって日本が降伏した」という歴史認識は歴史を後から見聞することの出来る現代人の感覚に過ぎない。

【6】軍の調査団すらも放射能被害に無知

とはいえ、広島・長崎に原子爆弾が投下された事実について、軍部や政府が重大な関心を持っていたことは疑いようがない。ところが繰り返すようにドローン空撮も視聴者提供のスマホ動画も無い当時、原爆の実相を知るには、調査団が直接現地を訪問するしかなかった。

よって1945年8月6日の広島原爆直後、陸・海軍はそれぞれ調査団を広島に送り込んで情報収集に当たっている。そのひとつ、呉鎮守府調査団(海軍)に加わった西田亀久夫氏は、8月7日に広島市内に入って、意外にも以下のように当時の様子を述懐しているのである。


 爆心に近いところの被災者は、全身の衣服が消滅し、性別が不明だった。相生橋*のところでは、欄干が強烈な爆風で飛び、自転車に乗ったまま、人が押しつぶされて、十センチくらいになって圧死していた。(中略)  しかし、爆心地に近い、二、三百メートルのところの防空壕に入っていて、空襲警報が解除になったことを知らずに退避していた人が、無傷だったことが印象に残っているという。 「いま考えると、専門家として恥ずかしいけれど、原爆は、その攻撃を事前に探知して人間への被害さえ回避すれば、致命的な打撃を与えるものではない、『断固戦争を継続すべし』と正直なところそのときは思っていたのですよ。じつは、私の専門は放射能の測定だったのですが・・・」 出典:『ヒロシマはどう記録されたか-NHKと中国新聞の原爆報道-』(NHK出版編、NHK出版。*相生橋は広島原爆の投下目標)

そう、被爆直後に広島市内に入ってその地獄の惨状を目にした調査団の専門家ですらも、当時「放射線障害」という、原爆の最もむごたらしい被害の側面を無視していた。いや、正確には無知故に、放射線のもたらす恐ろしさをこの時点では知らなかったのである。

【7】原子爆弾に打ち勝つための「対処法」を特集

111402huruya.jpg

1945年8月10日、ソ連対日参戦を大きく伝える朝日新聞紙面。左下赤で囲った部分は、「新型爆弾への対処」特集

上記の新聞紙面は、ソ連の対日宣戦布告を大きく伝える1945年8月10日の朝日新聞紙面である。注目して欲しいのは、筆者が図示した赤枠内の記事。「野外防空壕に入れ 新型爆弾に勝つ途」とあり、一般市民へ原爆への対処法を特集している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中