最新記事

歴史

BTSはなぜ「原爆Tシャツ」を着たのか?原爆投下降伏論のウソ

2018年11月15日(木)13時00分
古谷経衡(文筆家)

1945年8月9日、駐ソ大使・佐藤尚武は、ソ連を仲介した講和実現のため、日本側特使として元首相・近衛文麿をモスクワに派遣する用意があるとソ連外相モロトフに申し入れを行なう予定であった。しかしモロトフが佐藤に述べたのは、日本側特使の応諾などでは無く「日ソ中立条約の破棄とソビエト連邦による対日宣戦布告」であった。

これにより、「本土決戦による一撃講和」「ソ連を仲介とした講和」という日本側の抱いていた希望は全て撃ち砕かれ、ソ満国境に結集した200万のソ連赤軍とその付属部隊が一斉に満州、朝鮮、南樺太、千島に襲いかかった。日本の戦争指導者が、ポツダム宣言受諾=無条件降伏を決断した決定的要因であった。

【4】知識人は原爆よりもソ連参戦に震撼した

1114huruya.jpg

「終戦日記」を読む(野坂昭如、朝日新聞出版・朝日文庫、2010年)

ソ連対日参戦は、当時の日本国内の知識人にも計り知れない衝撃とショックをもたらした。それは現在の私達からすると驚くべき事に、広島・長崎への原爆投下よりも遙かに衝撃的で、大きな出来事としてとらえられていた。

山田風太郎(作家。1922年―2001年)の日記。


昭和二十年八月九日、運命の日ついに日本に来る。ソビエトがついに日本に対して交戦状態に入ったことを通告し、その空軍陸軍が満州侵入を開始したと伝えた。  ソビエトについてはこんな噂が囁かれていた。―ソ連はなお疲弊している。まだ手は出さないだろう。(中略)すでにソ連は日本に対し続々と石油を供給しつつある。(中略)松岡洋右がソ連へいって、アメリカとの戦争の仲裁を頼んでいる、とか―。  こんな噂に耳をすませていた輩は、この発表に愕然と青ざめたことであろう。たしかに日本は打撃された。大きな鈍器に打たれたような感じだ。

海野十三(作家。1897年―1949年)の日記。


(ソ連参戦)と知って、私は五分ばかり頭がふらついた。もうこれ以上の悪事態は起こりえない。これはいよいよぼやぼやしていられないぞという緊張感がしめつける。(中略)  とにかく最悪の事態は遂に来たのである。これも運命であろう。二千六百年続いた大日本帝国の首都東京が、敵を四囲より迎えて、いかに勇戦して果てるか、それを少なくとも途中まで、われらこの目で見られるのである。

高見順(作家、詩人。1907年―1965年)の日記。


 ソ連の宣戦は全く寝耳に水だった。情報通は予想していたかもしれないが、私たちは何も知らない。むしろソ連が仲裁に出てくれることを密かに心頼みにしていた。誰もそうだった。(中略)そこへきていきなりソ連の宣戦。新聞にもさらに予示的な記事はなかった。  店へ行くと、久米さんの奥さんと川端さんがいて、「戦争はもうおしまい――」という。 出典:以上全て『「終戦日記」を読む』(野坂昭如、朝日新聞出版)*仮名遣いや括弧・強調は一部筆者が修正

【5】映像情報が無いゆえに

なぜ当時の戦争指導者や知識人や大衆は、広島・長崎への原爆投下よりもソ連対日参戦を重大事として受け止めたのだろうか。それは既に述べたとおり、当時、インターネットもテレビ中継も存在せず、被爆地がいかにむごたらしい惨状になっているか、それ以外の地域では映像として想像することが出来なかったからである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中