最新記事

アメリカ

普通の大国として振舞うトランプ外交誕生の文脈──アメリカン・ナショナリズムの反撃(2)

2018年6月15日(金)11時45分
中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部教授)※アステイオン88より転載

このような傾向の思想的表現は、フランシス・フクヤマの「歴史の終焉論」だったし、具体的な事例としては、中国やロシアを地政学的脅威として語るよりかは、いずれは「こちら側」にくる国として語られたことに典型的に現れていた(14)。中露両国のWTO加盟もまさにその文脈ですすめられた。一九九〇年代に賑わった人道的介入をめぐる議論も、この「convergence」を加速させるため、もしくはそれを妨げるものを除去するとの態度表明でもあった。バーツラフ・ハヴェル・チェコ大統領が、コソボへのNATO軍の介入を評して、人類史上初の「倫理的な戦争」であると述べたが、それはウィルソン主義こそが世界史の主流になったということとほぼ同義だった。しかし、コソボ戦争が、ウィルソン主義の頂点だったとすると、その凋落のはじまりは間もなくイラク戦争というかたちで訪れた。

アメリカ・ファースト外交誕生の文脈

九・一一テロ攻撃は、世界はリベラル・デモクラシーの方に向かって収斂していくという感覚を一時的に後退させた。しかし、ワールド・トレード・センター崩落のシーンを前に、歴史は終焉などしていないとの声が高まる一方で、オーバードライブに入ったウィルソン主義が「大中東圏(グレーター・ミドル・イースト)」に民主化の波を外科手術的に引き起こそうとした。それは、アメリカの力で無理やり歴史をねじ伏せて、終焉させてしまおうとする介入だった。当時、イラクへの米軍介入後の見通しとして、「ジェファーソニアン・デモクラシー」の可能性が介入支持派の間で真剣に語られていると伝えられたが、まさに「ウィルソンの亡霊」がブッシュのホワイトハウスを彷徨っていたかのようだった(15)。

イラク戦争の挫折は、アメリカ国内における空気を一変させ、アメリカの「例外性」に懐疑的なオバマ大統領をホワイトハウスに送り込んだ。そのオバマは、世界をアメリカに似せて作り変えるのではなく、アメリカを世界に適応させる、そうした問題意識で世界と向き合った。「核兵器なき世界」を志向し、多国間主義と対話を重視したオバマ外交をウィルソン主義の文脈で語ることは難しくない。しかし、オバマ外交は、その本質においては、ウィルソン主義と相容れない傾向を内包していた。ウィルソン主義は、アメリカの「特殊な役割」に依拠している。しかし、オバマは、アメリカの例外性について、諸外国がそれぞれ固有の存在であるという限りにおいてアメリカも固有であるに過ぎないと語ったことがある(16)。つまり、使命的民主主義(ミッショナリー・デモクラシー)を放棄したアメリカが、そもそもウィルソン主義の担い手たりうるのか、オバマ外交はそうした問題を提起していたといえよう。たしかにオバマはウィルソン主義が目指した理念そのものは放棄しなかったものの、その実現の過程でアメリカの果たすべき役割については、抑制的な態度をとり、それを国際社会との共同性を模索していく中で見出し、実現していくべきものとした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏やエジプトなどの仲介国、ガザ停戦に関する

ビジネス

米労働市場にリスク、一段の利下げ正当化=フィラデル

ワールド

トランプ氏、ゼレンスキー氏と17日会談 トマホーク

ワールド

トランプ氏、ガザ停戦でエジプトの役割を称賛 和平実
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中