メディアが単独で戦争の記憶をつくるのではない
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<ある国の「戦争の物語」はどのように作られるのか。米コロンビア大学のキャロル・グラック教授が語る、記憶の形成に影響を及ぼす要因とは? 本誌3月13日発売最新号「戦争の記憶」特集より>
17年12月11日に行われた2回目の講義でキャロル・グラック教授は、「共通の記憶」の形成に影響を及ぼす要因をいくつか挙げた。そのうちのメディアと個人の記憶について、本誌ニューヨーク支局の小暮聡子がグラックに話を聞いた。
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――講義の中で、人々の記憶を理解する上でのメディアの重要性を指摘していた。戦争についての「共通の記憶」の形成に、メディアはどう影響しているのか。
この質問は、2つの意味で重要だ。まず1つに、これまでの世界中の研究から、人々が自国の過去について考える際にマスメディアというのは映画やビデオゲームなどと同じく、教科書以上に主要な情報源の1つであることが分かっている。戦争についての見方というのは、学校で習ったことより、最近見た映画や雑誌などを通じて知る議論に影響されやすい。
2つ目に、メディアは歴史を操作したり歪曲しているなどと批判されることが多いが、その際に、あたかもメディアが社会や政治や価値観の変化による影響を受けず、それらとは無関係に過去についてのイメージを自由に作り出しているかのように言われていることだ。
しかし実際には、メディアはこれらの理解の作り手であると同時にその産物でもある。メディアは言葉どおり、多くの場合は記憶の「ミディアム(伝達手段)」であって、記憶を操作するものではない。
一方でメディアが記憶に影響を及ぼす場合もあり、例えば80〜90年代の朝日新聞による慰安婦報道のように、メディアが社会的な主張を展開することがある。もう1つの例は、昭和天皇の存命中にはあるテーマについていわゆる「タブー」があって、自己検閲を行っていたということだ。
メディアそのものが細分化され、ソーシャルメディアが台頭している今日、メディアの影響力は集合体としての「マス」ではなく、自分と似通った考えを持つ閉ざされたコミュニティーにより届きやすくなっている。自分で選んだグループは他のグループとは対話しないため、戦争の記憶をめぐる分断は、多国間はもとより国内でも一層深まっていると言えるだろう。