最新記事

戦争の記憶

メディアが単独で戦争の記憶をつくるのではない

2018年3月17日(土)16時25分
小暮聡子(ニューヨーク支局)

――4つの記憶の領域のうち「個人の記憶」について補足してほしい。戦争を体験した人々が覚えていることと、実際に起きたことを、どうしたら見分けられるのか。

厳密に言えば、過去のことを思い出すのは個人だけだ。つまり、共通の記憶についての議論は全て、個人の記憶をメディアや大衆文化、公的なスピーチなどで表現される戦争観に結び付けて考える必要がある。脳科学者によれば、私たちがある記憶について思い出すとき、それを倉庫のようなところから引っ張り出してくるのではなく、思い出そうとするたびに脳の中のさまざまな部分からさまざまな成分を引き出してきて記憶を「再構築」するという。

自分自身が体験したことについての記憶でさえ、年齢や心理状態、社会的背景、政治的な風潮や最近見た映画など、さまざまな要因によって(無意識に)影響を受けている。個人の記憶と実際にあったことの間に直線的な結び付きがあるとは言えないだろう。

個人の記憶についてもう1つ言えるのは、ある個人が自分の戦争体験をよく覚えていても、それについて話さないということだ。例えば兵士であれば勝者側と敗者側の双方、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の生存者や終戦時のベルリンでソ連軍に強姦された女性たちなど、戦争を体験したたくさんの人々は当時の暴力や恐怖について語ることをしなかった。

年がたってから口を開く人もいるが、一生語ることのないまま亡くなる人もいる。後になって話し始める人たちは、自分の物語が社会に受け入れられるようになった、という共通の記憶の変化に反応して口を開くことが多い。個人とは社会的文脈の中で思い出すわけだ。

戦争を体験したことのない世代の個人の記憶も同じように構築されるが、戦争そのものというより戦争について話される物語を覚えているというように、より非直接的な記憶になる。しかし、これらいわゆる「ポスト・メモリー」も、戦争体験と同じくらい力を持ち得るだろう。


 ニューズウィーク日本版2017年12月12日号
「コロンビア大学特別講義 第1回 戦争の物語」
 CCCメディアハウス


 ニューズウィーク日本版2018年3月20日号
「コロンビア大学特別講義 第2回 戦争の記憶」
 CCCメディアハウス
 ※本記事はこの特集号からの転載です。

※コロンビア大学特別講義 第3回「『慰安婦』の記憶」特集号は、3月20日に発売予定です。

【お知らせ】
ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮情勢から英国ロイヤルファミリーの話題まで
世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、米大統領の空爆停止要請受け入れ 次回3者協

ビジネス

米エクソン、第4四半期利益は予想上回る 生産コスト

ビジネス

シェブロン、第4四半期利益が予想上回る ベネズエラ

ビジネス

スイスフラン操作には一切関与せず、中銀表明 米為替
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 3
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵士供給に悩むロシアが行う「外道行為」の実態
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 6
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 7
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 8
    日本経済を中国市場から切り離すべきなのか
  • 9
    日本はすでに世界第4位の移民受け入れ国...実は開放…
  • 10
    配達ライダーを飲み込んだ深さ20メートルの穴 日本…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 8
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 9
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中