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戦争の物語

「歴史」とは、「記憶」とは何か(コロンビア大学特別講義・後編)

2018年3月13日(火)17時10分
ニューズウィーク日本版編集部

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スペンサー(アメリカ人)「一番問題なのは記憶があたかも歴史を装っていること。現在アジアの政治家たちは『これが歴史だ』と言っているけれど、それはたいてい記憶では?」 Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

【グラック教授】 では、ロシア人はいつだと思っているでしょう。

【ディラン】 ナチスとソ連の協定(独ソ不可侵条約)が破られた日でしょうか。それで戦争が始まったので。

【グラック教授】 1941年6月22日、協定を破棄してナチスがソ連に侵攻を開始。これが、ロシア人にとって第二次世界大戦が始まった日ですね。まだまだ続けられます。ノルウェーにとっての開戦日は? 1940年4月です。フランスは? 1940年5月(ナチスによるフランス侵攻)。つまり、開戦の日というのは話し手がどこから来ているかによって違うのです。香港にとっては、1941年12月8日。日本は真珠湾攻撃の直後に香港に侵攻したからです。インドネシアはどうでしょう。誰か知っていますか? 日本がオランダ領東インドを侵攻した、1942年です。誰も知らないかと思いますが、アルゼンチンにとっては1945年3月27日です。ヨーロッパでの終戦の6週間前になってようやくナチスとの対戦に加わりました。ここで言えることは、どの立場に立つかによって開戦日が変わってくるということです。こうしたレベルでさえ、国民的かつ国際的な見方の両方を持つことが難しいのです。

では今度は、「World War II(第二次世界大戦)」について、異なる呼び方があるのを知っていますか?

【ニック】 ロシアでは、「The Great Patriotic War(大祖国戦争)」。

【グラック教授】 そのとおり。

【スペンサー】 アジアでは、「The Greater East Asian War(大東亜戦争)」「The Fifteen Years War(十五年戦争)」「The Pacific War(太平洋戦争)」「The Asia-Pacific War(アジア太平洋戦争)」と呼ばれています。

【グラック教授】 太平洋戦争というのは、戦後日本で使われている言葉ですね。日米戦争と言われることもあります。ほかには? 中国では何と呼ばれていますか?

【ニック】 「The War of Japanese Aggression」

【グラック教授】 「The War of Resistance Against Japanese Aggression(抗日戦争)」。戦後70周年の15年、習近平(シー・チンピン)国家主席はこの名称に「and the World Anti-Fascist War(世界の反ファシズム戦争)」という言葉を付け加えました。フィンランドでは「Continuation War(継続戦争)」と呼ばれています。フィンランドにとっては、「Winter War(冬戦争、39年にソ連がフィンランドに侵攻した第1次ソ連・フィンランド戦争、39年11月~40年3月)」に続いて再開されたソ連との戦い(第2次ソ連・フィンランド戦争、41年6月~44年9月)だったからです。中立国でありながら反イギリスの立場が強かったアイルランドでは、「The Emergency(非常事態)」です。

【ニック】 イギリスでは何と呼ばれているのですか。第一次世界大戦は「The Great War(大戦争)」ですよね。

【グラック教授】 アメリカ人は何と呼びますか?

【ニック】 「World War II(第二次世界大戦)」

【グラック教授】 イギリス人の呼び方も同じです。フランス人とオランダ人も同じ。西欧と北米では、「第二次世界大戦」と呼ばれています。枢軸国のドイツとイタリアも同じです。日本ではいくつかの呼び方がありますね。これらは全て、国民の物語(national stories)です。

では今度は、こうした国民の物語がどのように作られているのか、ということをお話ししたいと思います。これら戦争の物語は、言葉だけではなく記念碑や記念館、映画、ビデオゲームなど、さまざまな形で語られます。私はもともとの戦争のストーリーを「白黒物語」と呼んでいるのですが、これらはほとんど全てが戦時中か、もしくは終戦直後に作られたものです。各国の記憶の中で確立され、語り継がれるものです。私がこれを白黒物語と呼ぶのは、加害者と被害者、もしくは英雄と悪者があまりにはっきりしているからです。そして、これらの物語には非常に力強いストーリーライン(筋書き)があります。とてもシンプルで、分かりやすい筋書きです。

ユウコが先ほど答えたように日本やドイツでは敗北の物語だったり、インドネシアや朝鮮半島の人にとっては植民地からの解放の物語だったりします。オランダ、イタリア、旧ユーゴスラビアの人にとっては全国民の抵抗の物語です。こうした国民の物語は戦後、国家のプライドや国家が生き延びた、という感情に適合していきました。アメリカは、悪に対する「Good War(よい戦争)」もしくは「Just War(正義の戦争)」を戦った――この筋書きには、パールハーバーがぴったりとはまります。西欧文明を破壊しようとするナチズムと真珠湾攻撃という、悪に対する正義の戦争をしたというのは、アメリカでは揺るぎないストーリーラインです。

では、日本の筋書きとは何ですか? 日本で語られる、戦争についての1つの物語とは何でしょうか。

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